128話B面文章『がんばり続ける人々に感謝』

先だっての7月、競走中の事故により伏見俊昭選手(75期・福島)がお亡くなりになりました。
本当に残念です…

こういったパターンは本当に言葉もないよね…

マンガの連載始めてしばらく経った頃かな…
複数の選手の方からこんな意味合いのセリフをよく言われたの

「落車は、とにかくいやだ」
「たとえマンガの中でも…」

40年近く前の話だけど、今に至るまで忘れたことのないセリフだね
連載中は特に…

スポーツの世界はもとより、世の様々な危険な職業に従事していらっしゃる方々に改めて感謝するとともに、畏敬の念を持たねばと強く感じたよ…

本当にそうですね…

 

1番の悩み

あまり良いテーマではないけど、今回は「競輪マンガと落車」を少々…

「マンガの中でも…」

というセリフが出るくらい、選手にとっては落車がもっとも忌まわしい事。

業界団体関係者から出る言葉も、ほぼ同じ。

「落車は描かないで欲しい」

そりゃそうだよね。

だから、本当に悩んじゃったし、困っちゃったの。

『ギャンブルレーサー』ってのは、マンガのキャラクターを実在の選手達とリアルな競走させるってスタイルのもの。

当時、格闘技と称され、落車ゼロは事実上不可能って競技で…

ゆえに、ストーリー(競走展開)を作る上で、これが最大の問題でもあったのかな…

激しいドンパチや、きわどいコース突きを描こうとなると落車ってのは場合によって避けては通れないものでしょ。

しかも、前回話したように本物の斡旋に基づいてのメンバーで、かつ日程に合わせて描いていたわけだから…

なのに、もしそんなシーン描いたら

「縁起が悪い」

って事にもなっちゃうよね…

結局、そういうシーンで実際に落車を描く時は、こうしたの。

落ちるシーンの画像は極力、マンガの架空キャラクター側にする。
(実在の選手の場合は文字だけで表現し可能な限り作画に起こさない)

実在の選手の、そういった場面を描く場合は実際にあったレースの再現時、あるいは俯瞰描写を用いる。

…etc

それでも描く

それでも、落車のシーンを描く時って本当に辛かったねえ…

いつも

(すいません)
(申し訳ない…)

そんなフレーズを、いつも頭に浮かべてたもん。

冗談抜きに連載終了まで…

実はね、連載始めて数年経った頃だったかな、ご近所だった選手の方が競走中の事故で亡くなってしまった事があったの。

しかも、数日前に顔も合わせてた方だったのよ。
本当にショックで、悲しかったなあ…

でもね、覚悟をもって競走に臨み続ける選手の皆さん同様、こちらも描き続けるしかなかったのね…

「競輪道」と「安全」ってのが必ずしもイコールで結ばれないところが競輪って競技の複雑かつ難しいところではあるんだけど、それでも選手の皆さまには何とかその両立を目指してがんばって頂きたいな。

同時に、改めて全ての選手、OBの方々に感謝申し上げないとね…

今回は以上となります。
「でわ!」

 

【追記】
熊本地震被害を受けられた皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
(ギャンブルレーサー.com)

 

A面マンガにもどる

SR95話B面『早や~っっっ!連載終了20年…』

本日のざれごと

さあ、いよいよキョ~フの8月が近づいてまいりました。
気温の高~騰と物価の高~騰に、どこまで正気をたもっていられるか試練の夏です…

センセェ~、だいじょうぶ~?
まだ生きてる~?

生きてる、生きてる!
今んとこは…(笑)

まあでもさ、ここ何年か、毎年毎年色々あるよねえ…

ところで、ちょっと話は変わるけど、あたりちゃん20年前って何してた?

な、なに突然…?
う~ん…
た、たぶんまだ生まれたばかり…

20歳前後でしょ?(笑)
今、カレンダーの2026って数字眺めててハッと気づいたことがあったのよ

実はさ、『ギャンブルレーサー』の連載終わったのって2006年なんだよね
だから、ちょうど20年前…

へえ~、そ~なんだ…!?
けっこ~年月たってんのねえ~
いちお~メモリアルイヤ~になるのか…

終わってから20年って本当ビックリ
そんだけ古い作品になっちゃったってことなんだね…

でもさ、今でも読んでくださるキトクな方々が、ごくわずかながらもいらっしゃるんでしょ?
よかったねえ、センセェ!

本当に感謝!
ただ、今とはもう競走も選手も場内のお客さんも、ほぼ全てが変わっちゃったからね…
古典?として読んでもらうしかないのかな…(笑)

ストーリー、作画作業の前に必ずコレ…

というわけで、今回は『ギャンブルレーサー』の話を少々。

前に、ここでしゃべったことがあるのかどうかぜんぜん覚えてないので、もしかぶっていたらごめんね。

さて、前回もチラッとしゃべったけど、作るのには本当に時間がかかる作品だったのよ。

当時の自分にゴクロ~さんって言いたくなるくらい…(笑)

まず、リアルタイム同時進行って形を取っていたからね。

しかも、実際の斡旋表(開催全出場選手)に忠実に合わせて。

でね、正式な斡旋表に基づき描くってことは、つまり、それが無きゃ競走にかかわる部分のストーリーは作れないってこと。

なもんで、いつも日本自転車振興会(現JKA)にお願いして、斡旋が決定すると複数場分の斡旋選手一覧表を即日FAXで送っていただいていたの。

なぜ即日かっちゅ~と、それでようやくフルのマンガ作りに入れるんで、創作時間確保のためとにかく早く入手する必要があったわけ。

さあそれが手に入ると、まずはマンガに取り上げる開催を決定。

お次は、参加全選手(通常開催は、ほぼ90名)、直近までの競走得点調べ。
(今みたいに最新得点情報が簡単に入手できるもんではなかったのよ)

それから、それを元にマンガのキャラクターを混じえた初日の出走割(番組)作って、各レース、1~9着の得点を電卓はじいて出していくの。

(当時の得点制度って、今と違い、G1等を除き全ての開催、全てのレースをいちいち計算して出すって方式。
だけど、これって『ギャンブルレーサー』作るうえで、毎回毎回必須の作業だったから、本当に大変だったし面倒くさかったのよねえ…)

そんで、ストーリー考えつつ初日各レースの結果を出して、それを元に2日目~最終日までの出走割と各レースの得点をまたまた電卓はじいて計算。
(※当時の競走得点システムと計算方は、たぶんマンガのどっかの巻に入っていると思うので、ここでの説明は省略)

ここまでが、まずは基本的な作業。

地獄の作業

ところでさ、各開催の得点出しや初日の出走割ってのは、言うなりゃ舞台作りのための事務的作業。
役者作りのための事務的作業ってのも必須で待ってるわけ。

それは、関を筆頭に架空の選手キャラクター、最終的に7名の、それぞれの正確な競走成績作り。
1走たりとも漏れのない競走結果、および得点計算と賞金額調べ、そして、その集計。

マンガに描く競走はもちろんだけど、圧倒的に多い描かない開催の方も全て斡旋表送ってもらって、競走と結果想定して成績表作ってたのよ。

年間の全競走成績、完ぺきに。

繰り返すけど、7名分も…
(関を除いて、他のキャラクター達はデビュー戦からの全競走成績)

なぜ、ここまでやってたかっちゅ~と、これって、実在の選手達とリアルに競走させるためには絶対的に必要な作業だったのよ。

同時に、その後のストーリーに繋げていく上でも…

実在の選手達と同様の成績表を作っておけば、例え架空のキャラクターでも実在の選手達とちゃんと理詰めの競輪が出来るでしょ。
お客さん(読者)も、ちゃんと展開予想しながら読めるわけじゃん。

簡単な話だけど、競輪の展開予想がなぜ出来るかっちゅうと競走成績があるから。

例えば新人選手だけでのデビュー第1戦、もし養成所時代の成績や脚力データみたいなもの一切見られなかったら予想なんて絶対無理。
逆に言えば、それさえあれば出走表に選手名なんて無くたって予想は可能って事だよね。

もちろん、それは描く側も同じ。
成績表があるからその時々の競走展開をイメージできんの。

例えば、

(この得点状況だと、この位置はまわれないな…)
とか、

(競られるな…)
みたいにさ…

ある意味、『ギャンブルレーサー』の競走的部分って、こういった成績表作りが全てだったってことになるのかな…

ノンフィクション?ドキュメンタリー?

最後になるけど、改めて当時は本当に大変だったって思うね。

またまた繰り返すけど、通信はFAX。
計算は電卓って時代。

全国の選手の走りっぷりや成績を調べたくっても今みたいにネットが有るわけじゃないしさ。

だから、『月刊競輪』誌でS1~B2まで全選手の成績一覧表を日課のように眺めてたっけかな…

あと、テレビ中継(UHF局のローカル中継が特に重要)、業界紙・誌、スポーツ紙、必ずお持ち帰りした予想紙とかが情報の全て…

ひょっとしたら、マンガのストーリーを作る、描くって事より、こういった作業の方が大変だったかも。

あのマンガ以降、いくつか新作作ったけど、ここまで大変なものは無かったもん。

でもさ、今つくづく思うのよね。

(あの形でやって良かった!)

って。

一時期の競輪を、全体を俯瞰した形で眺められるものになり得てるでしょ?

今は過去の画像や映像が簡単に得られる時代だけど、どうしてもほとんどが個別の情報になりがちだからね…

というわけで、現在、電子書籍等で読んで下さっているお若い読者の皆様!
そ~ゆ~作品ですので、あまりバカにしないでお読みになって下さいましね(笑)

だれもバカにはしてないんじゃない?
あきれてるだけで…(笑)

アッハッハッ
ついつい自虐的というか卑屈になっちゃうのよ

公営競技もお客も、まだ差別されていた頃の作品でしょ
胸張って、アレ描いてましたって言えるようになったの ここ数年のことだもん(笑)

でもさあ、今の時代、かえって貴重なんじゃない?

たとえば、あ~ゆ~人種ばかりが、大宮や西武園にもウジャウジャいたなんて、公式にはぜったい発表できないんだからさ(笑)
あたしくらいの世代の人間にも、にわかにはしんじられない描写もあるし…(笑)

競輪場の雰囲気やお客の生態だけは、かなりのノンフィクションって事だけは今の時代の方々に改めてお伝えしときたいね(笑)

 

センセェががんばって描いた1980~90年代の競輪界のかんさつ日記、社会にどれだけ役にたったのでしょうね?
う〜ん……………………………………
「でわ!」

 

 

 

【追記】
7月19日、伏見俊昭選手(75期)が競走中の事故により逝去されました。
謹んでお悔やみ申し上げます。
(ギャンブルレーサー.com)


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