SR84話B面『紳士のスポーツ!けいりん』

本日のざれごと

はい、みなさま〜!
よ~やく、秋の気配がかんじられるようになってまいりました。
さあ、たのし~秋のはじまりですね〜!

いや~、秋って本当いいよね~!
なにより、ぐっすり眠れるし

あたしも西武園記念でがんばりまくったせいか、その後はもうクッタクタ…
お休みの日は朝から晩まで寝っぱなし(笑い)

あっ、そうそう!
ところで、センセェ
今回、場内で姿見かけなかったけど、ちゃんと来てたの?

初日に短時間だけね
作業がかなり遅れちゃってたんで、早めに帰らざるをえなくてさ

ありゃ~、そうだったんだ、お気の毒!
でもまあ、また来年があるもんね

来年はまた4月開催だし、あっという間だよね

その日のためにスケジュール管理とか、ちゃんとやってちょ~だいね

了解です!

ひじ打ち!ひざ蹴り!決闘競輪!

はい!
というわけで、西武園記念は自宅で作業しながらネット観戦って形になっちゃったんだけど、ついでに眺めていた『You Tube 』チャンネルで、ハッっとしたことがあったので、今回はその話。

眺めていたのは、以前ここで紹介した事もある、82期OB、川本龍司郎さんがやってる、各地の選手OBの方々に色々話を聞いて回るっちゅう番組。

ある回のOBさんの回顧談の中に、こんな話が出てきたの。

「昔の競輪は、ひざ蹴り、ひじ打ちを使った落とし合いは当たり前、ゴロツキ、チンピラ同士の縄張り争いみたいなもんだった…」

はいはい、そ~だった、そ~だった!

オレが、あのマンガ描いてた初期の頃の競輪って、まさにそれ。
ヤクザの抗争、決闘って要素をあわせ持つような競技だったんだよね。

当時は、並び、位置が命の時代でしょ。

それをめぐって周回中から、ドンパチやってたんだよね。

「地元で競られちゃ、黙っておけねえ!」
「やられたらやり返しとかねえとメンツが立たねえ!」

連載初期の頃、開催中の選手控室とか見学させてもらった事があるんだけど、その時の印象ってこんなだったもん。

(おっかない顔してる人ばっか…)
(部外者のオレに対しても睨みつけてくるような感じ…)
(とにかく殺気立ってて近寄りがたい…)

そりゃ、そうなるよね。

これから、ケンカみたいな争いおっ始めようって人たちの集まりなんだもの。

でも、こっちもそういう戦いにしびれて競輪にますますハマっていってたんだよね…

けど、年月がどんどん流れ、競輪の競走形態が変化していくうちに、そういうスタイルだったってことを、やっぱりどんどん忘れていってたのよ。

普段、格闘技時代の競輪が好きだったと言いながら、ひざ蹴り、ひじ打ちがあったって事すら、気がつきゃ頭の中から抜けちゃってたからね。

顔つきの変化は当然!

で、何にハッとしたかっつうと、こういう事。

今回の西武園記念でも、挨拶のため選手会ブースにお邪魔したのね。

で、ファンサービスのため来ている現役選手何名かと顔を合わせたんだけど、皆さん本当に穏やかで優しい顔立ちしてるの。

支部長の白岩さんや副支部長の新井さんも本当に爽やかな紳士。

今回に限らず、今の選手達には以前から同じような印象は持ってたんだけど、そう感じる理由を今まではこういう風に思ってたの。

(今や、選手達のほとんどが自分の子供か、さらに若い世代。ゆえにかわいらしく見えちゃうのかな…?)

ってね。

だけど、川本さんの番組中のOBの話を聞いていて、気づいたのよ。

今の競輪って良い意味でスポーツ競輪。
絶対、昔のようなケンカ競輪じゃないんだよね。

スポーツマンの顔とゴロツキ・チンピラの顔が同じわけ無いじゃん!

関優勝さん(37期・OB)の頃の競輪ってのは、まさにそういう時代。

そりゃあ、どなたのお顔も反社会的な雰囲気になってたのも当然だわ(笑)

理由に気づいて、ついニヤリ。

現在の競輪場は、客層もかなり入れ替わって、若い方や女性もずいぶん増えたと関係者の方がおっしゃっていたけど、バンクの内側も外側も本当に進化しちゃってるんだね。

感無量のワタクシです!

 

たしかに、関センセェの顔ってまともじゃないもんね…
人間性もだけど…(笑)

だってさ、当時の競輪って、ちょい言いづらいけど本当に落とし合いやってたもん

お客も、それちゃんとわかった上で買ってたもんね
「あいつ、前回競り負けてっから意地でも敵討ちにいくぞ…」
って具合にさ…

選手の方も、客がそういう風に見てるってわかってるから、そりゃあもうガンガン行くよね

で、やられた方は、客から
「クズヤロ~、◯んじまえ~!」
って、なるわけ

オレ、タンカで運ばれる選手が金網越しに、客からツバ吐きかけられるの真横で見たことあるもん

はあ~、やだやだ…!
そんな時代が終わってくれてよかった!

そういや、前にOBの方と飲んでる時おっしゃってたよ
「我々の頃の選手って、賞金稼ぎの荒くれ者集団」
って!(笑)

 

 

 

あたしは、さわやか紳士のケイリンせんしゅが、だんぜん、い~です!
みなさまも、そ~ですよね?
でしょ…?
「でわ!」(笑)

118話B面『プレゼントのような記憶』

ふう~…
例年通り大盛況となったビッグイベント『西武園記念』も閉幕し、とりあえず9月になりました。
大仕事もおわり、これからは気温も少しずつ落ちついていってくれると思います。
ようやくひと息つけそうです。
おそらく…(笑)

大盛況で終わったと言いながら、こうして あたりちゃんと話してる今って、いつよ?(笑)

8月20日⋯!(笑)

ホントは今、西武園記念にむけ最後の準備の真っ最中!
ひと息つけるのは、まだまだ先です(笑)

とゆ~わけで、今回は西武園記念に関しての話題はナシ!
おゆるしくださいませ(笑)

 

初めての一人暮らし

さ~て、ほんじゃ早速、西武園記念とは関係ない話をツラツラいくかな(笑)

先日、近所のOB、桜井久昭さん(28期)と飲んだのね。
老人同士という事で話題は思い出話も多くなるんだけど

「へえ~、そんな事もあったんだ…」

って、ちょっと楽しそうに聞いてもらえたエピソードがあるので、今回はそれを紹介。

オレが、デビューして1年くらいの頃かな。
1989年、仕事場兼住居を初めて持ち、一人暮らしを始めた時の話。

たしか28歳だったかね…
世間的には、かなり遅いのかもしれないけどデビューに至るまでは何しろお金がなかったもんでさ。

でも、ある程度お金も入るようになったのでようやくってところ。

んでね、借りた物件は3DKのファミリータイプ。
そろそろアシスタントさんをお願いしなきゃ厳しいって状況でもあったんでさ。

なので、一人暮らしと言っても、1年後くらいには4〜5人が寝泊まりする合宿所みたいな状態になっちゃったんだけどね⋯(笑)

大事件の最中

さて、そこに住むことになってまずやる事といったら、ご近所さんへの挨拶…

なんだけど、オレ少々悩んじゃってさ。

実は、ちょうどその頃って、世間を震撼させた ある大事件が起こり、いまだ未解決って時だったの。

詳しくは話したくないけど、連続して幼女が連れ去られ被害にあうといった事件。

しかも、借りた物件ってのが被害が出た地域のひとつ。

なもんで、すぐ近所の小学校は連日制服警官が警備を続け、付近も頻繁にパトカーが巡回しているといった状況⋯

物件の住人は当たり前だけど、ご家族で住まわれている方たちがほとんどでしょ。
幼い子を持つ世帯も多そう⋯

そこに青白い顔した若い?男が突然一人暮らし始めるのよ。
しかもさ、ほぼ毎日、部屋に引きこもるって生活になるわけじゃん。

ご近所さんからすると不気味に感じちゃうよね。

悩みまくった挨拶まわり

というわけで、挨拶の時はこれを言うしかないな⋯
とは思ったの。

「マンガの仕事をやってるもので…」

だけどさ、そうなるとまた、もう1つの悩みが生じるのよ。

マンガ描きやってるって言うと、まあ大抵聞かれるからね。

「なんて(orどんな)作品描いてるんですか?」

って。

だけど、デビュー1年かそこらでしょ。

本当に作家として生きていけるかどうかわからないレベルでマンガ家って名乗るのも若干抵抗あったし、そもそも話したところでオレの名前なんて誰も知らんでしょって思いもあったわけ。

ホレ、怪しい人間の自称ナントカってのも よくあるじゃん。

あとさ、競輪のマンガを描いてるって言えるのかっつうのも問題だったの。

今の時代なら、どうってことないけど、当時、競輪ったら差別と偏見をまだ当たり前に食らってた頃だからね。

特に初対面の相手とかにはマイナスイメージが大きかったと思うのよ。

以前、ここで話したこともあるけど、オレ、自分の身内にだって競輪やってる事、デビュー後も含め10年以上隠しつづけてたし、描いてるマンガの事だってタレコミ入ってバレるまでガンとして口割らなかったくらいなんだから。

とにかく、あの事件の発生中に、競輪に絡んでいるオレでしょ。

おかげで過剰に気をまわす事態になっちゃってたの…

出てきたお隣さんは⋯

さて、話を先に進めるね。

ちなみにオレが入居したのは角部屋だったので、挨拶は片側のお隣さん2~3件で済むわけだったんだけど一番重要、かつ問題は直お隣さん。

「どういう風に挨拶したらいいのかな…」

まあ、いいや!
とりあえず出たとこ勝負でお隣のベルをピンポ〜ン⋯!

ガチャリ⋯

さあ、扉があいたよ⋯

(うっひゃ~!?)

なんと、出てこられたのは3~4歳くらいの女の子と赤ちゃんがいる、オレより少し上くらいかな⋯?
の奥さん!

繰り返すけど、あの事件の真っ最中よ⋯
あせった、あせった⋯!

同時にさ

(競輪のけの字も絶対言えねえ…)

瞬間、そう思ったね。

さらに、それを隠すためには雑誌名も絶対明かすわけにはいかないって⋯

講談社の『モーニング』って雑誌で描いてますって言えれば、相手さんに安心感与えることも出来るだろうけど、それで『ギャンブルレーサー』描いてるって知られると、どんな風に思われるかって、やっぱ不安になっちゃうもん。

なので、言葉選びながらこんな感じで話したのかな…

「実は、最近マンガの仕事を少しずついただけるようになってきた者です」
「なので、毎日部屋にこもりきりで生活サイクルはメチャクチャ」
「夜間に人の出入りがあったりなどご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします」

例えて言うなら、何かの浪人、修行、勉強中の身みたいな雰囲気を醸し出す感じで…(笑)

ビックリの連発!

さあ、というわけで、何とか挨拶を終えたんだけど、その後、何が起こったと思う?

2~3日経ったあたりくらいからだったかな…?

なんと、その隣の奥さんが、ちょくちょく手作りの惣菜とかご飯とか、お嬢ちゃんと一緒に持ってきてくれるようになったの。

「1人でがんばってて、食事とか大変でしょ」

って。

まさに、想定外!

でも、ビックリとともに感動しちゃってさ…

しかも、食べ物を乗せた食器類がまたさらに感動的だったのよ。

アンパンマンとかの絵柄が入ったトレーだったりお皿だったり…(笑)

お嬢ちゃんはお嬢ちゃんで、

「おにいちゃん、がんばってね」

って、たどたどしい言葉で、お絵描きした絵をプレゼントしてくれたりとかさ…

この時だけは、あのマンガを描いている自分を呪ったね…(笑)

せっかく親しくなれたのに⋯

で、さらには、こんな事まであったんだ。

「夕食食べにいらっしゃい」

ある時、こんな言葉をかけられたの…

まったまた、ビックリ!

恐縮したけど、早速お隣さん訪問して、旦那さんも交えて5人で食事しちゃった…

と、まあ、こんな感じの話なんだけど、初めての一人暮らしでこんな事が起こるなんて、本当に天からのプレゼントだよね。

ちなみに、オレが『ギャンブルレーサー』描いてるってことは、引っ越し後しばらくして、おそらく旦那さん経由でバレちゃってたみたい。

そりゃまあ、そうなるよね。

ペンネームでなく本名でやってんだし⋯

ただ、作品に関して話題になった記憶は、ほぼ無し。

それもまあ、そうなるだろうね⋯

「バカ!」だの「アホ!」だの飛び交うマンガのことなんて、お互い話題にしづらいでしょ(笑)

きっと、かなり気を使って下さってたんだろうな…

いや~、本当に懐かしい思い出!

さて、そのお隣さんとのその後ね。

もう、かなり記憶が薄れちゃってるんだけど、半年後くらいだったのかな?
マイホーム取得されて引っ越されていったんだよね。

せっかく素敵なご一家と隣同士になれたのに、わずかな期間でお別れになっちゃった…

今の時代だったら⋯

あれからもう何年経つんだろう…

(ひえ~っ!)
(36年っっ…!)

ってことは、あのお嬢ちゃんや赤ちゃんも、もうそういう年齢になってるのか…

みなさん、お元気で幸せに暮らして下さってるといいなあ…

「おかげさまで、オレもなんとか生きておりますよ~!」

「あの時の記憶は、オレにとって本当に一生忘れられないプレゼントになってますからね〜!」

 

へえ~、センセェにそんなキュートなエピソードがあったんだ!

それにしても、そのおくさま、よくセンセェに警戒心いだかなかったもんだね…(笑)

いや、本当!
今の時代だったら、おそらく危険な行為って判断されかねないかも

幸い、オレがあそこに引っ越してから、割と早い期間で件の事件の犯人が捕まったってのも大きかったのかな…?

まっ、そういう話は抜きにしても、あの時はこっちも本当に幸せであたたかい気持ちにさせていただいたなあ…

感動物語を描くような作家だったら どんなに良かったろうって、今もつい思っちゃったりするもん(笑)
もちろん、あの期間に限ってのことだけどさ(笑)

センセェの顔と感動って言葉は、やっぱりむすびつきにくいもんね(笑)!

悲しいけど自分でも、そう思う(笑)

「わたしは、『競輪!』のおしごとをさせていただいている八多あたりともうします!」
「よろしくおねがいいたします!」
こんなふ~に、あたりまえにいえる今ってホントしあわせですね。
「でわ!」

 

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