64話B面『1988年西武園記念』

さて、しんあいなるみなさま。
A面でも少しふれたようにまもなく『せ~ぶえん記念』がはじまります(╹◡╹)♡
と、ゆ~わけで今回は、『せ~ぶえん記念』にまつわるお話をタナカセンセェになんか語っていただこうとおもいます。

ハイ!
それでは、ど~ぞ~
パチパチパチ~♫♪♫

以前、20歳くらい年下の知人にこんなこと言われたことがあったんだ。

「センセェ、オレたちゃ昔の選手のことなんて知らないし興味だってそんなにないからさ…」

要はブログにOB世代を取り上げるより現役世代をってことなんだろうね。

なるほど、そりゃたしかにそうかもね。
けどさ、それがなかなか難しいのよ。

オレからすっと現役世代の選手っちゅうのは、ほとんど子供みてえな年齢ばっかでイマイチ燃えんのよ。
つい親のような目線で見ちゃうから。

なもんで、うんと感情移入できるのはやっぱり20~30年前の競輪や選手たちの方なの。

自身と同世代の人たちの闘いだもん。
も~、夢中で観てたしね!
毎日のように飽きずに通ってさ…

オレのヒーローは

話はそちょっと逸れるけど、先日、1970年代後期の音楽ユニット『アラベスク』のCD買ったの。
なぜかふと思い出して、急に聴きたくなって…

で、早速聴いてみると、いやも~懐かしくって懐かしくって気分はウキウキ!

今、ほとんど毎日聴いちゃってるかな。

考えてみりゃ普段も80年代の音楽ばっか聴いてっからね。
アイドルだって、オレには松田聖子ちゃんがナンバーワンだし!

んな訳だから競輪選手も、脇本雄太(94期・福井)や松浦悠士(98期・広島)、平原康多(87期・埼玉)じゃなくて、中野浩一(35期・OB)、井上茂徳(41期・OB)、滝沢正光(43期・OB)なの!
あと、少し若い世代でも、神山雄一郎(61期・栃木)、吉岡稔真(65期・OB)、山田裕仁(61期・OB)…

オレにとってのヒーローは永遠にこのまんま…

現役世代の選手たちのことは現役世代の方達にお任せして、これからもオイラは年寄り色満々でこのブログ作っていきたいなって思ってんのでゆるしてね。

33年前の西武園記念

さて、西武園記念直前ってことと、今の話のついでがてら参考までに『ギャンブルレーサー 』が世に登場した1988年の西武園記念について語るね。
オレの青年時代は、このような人たちがスター選手だったんだ。

まずは決勝戦のメンバーとレース結果。

【西武園開設38周年記念(昭和63年4月)】

前節優勝戦(先固2500米)

❶①鈴木 誠(千葉)55期 23歳 ❷①❶
❷②尾崎雅彦(東京)39期 30歳 ❺②❸
❸③中野浩一(福岡)35期 32歳 ❶①❷
❹④松本聖志(岐阜)53期 24歳 ❾③❾
❹⑤佐古雅俊(広島)45期 27歳 ❸①❻
❺⑥緒方浩一(熊本)30期 35歳 ②②❼
❺⑦坂本 勉(青森)57期 25歳 ❽③❽
❻⑧藤巻 昇(北海)22期 39歳 ③③❹
❻⑨伊藤豊明(愛媛)41期 29歳 ❼②❺

【レース展開】

鈴木-S尾崎、坂本-藤巻、中野-緒方、松本-伊藤-佐古の並び。
赤板で上昇した松本が打鐘4角からスパート。
鈴木-尾崎が2角で捲りきり、BS過ぎにダッシュした坂本は佐古に張られてストップ。
その間、中野がインから前段抜け出し鈴木-尾崎を追う。
粘った鈴木がそのまま1着、番手の尾崎は直線伸びず猛追中野がタイヤ差2着。

後節優勝戦(先固2500米)

❶①南雲孝之(東京)54期 23歳 ❽②❺
❷②井上茂徳(佐賀)41期 30歳 ❶①❶
❸③高下堅至(静岡)41期 29歳 ❻③❸
❹④山田英伸(神奈)51期 24歳 ⑤②❽
❹⑤内田浩司(福岡)51期 25歳 ❷②❷
❺⑥青柳 禎(埼玉)52期 25歳 ②③❻
❺⑦馬場圭一(香川)45期 27歳 ②①❹
❻⑧豊田知之(岡山)59期 20歳 ④③❼
❻⑨竹内久人(岐阜)37期 32歳 ❼①❾

【レース展開】

南雲-S青柳、竹内-山田、内田-井上-高下、豊田-馬場の並び。
3周目、豊田-馬場で前段おさえて並走。続いた内田が打鐘前から上昇して主導権。
以下、井上-高下、豊田-馬場、南雲-青柳、竹内-山田で一本棒。
マイペースで逃げる内田を井上が直線楽々交わして1着。

※「S」は、スタートで先頭取ったという意味

【参照➖当時の『月刊競輪』】

前節は取れたけど…

いやも〜『アラベスク』同様泣けちゃうね~!!!
前節の優勝が鈴木誠さん(55期・OB)、後節が井上茂徳さん。

連載スタートのチョイ前くらいの時だったんで、前節、後節両方ちゃんと行ってたよ。
(翌年以降は忙しくて多分10数年間くらいは現地にほぼ行けてなかったと思うけど)

でさ、この時のオレにはこんなエピソードがあるんだ。

実は、前年、例年以上に貧乏神に取り憑かれちゃってたオレは車券の方も絶不調。
行けども行けどもオケラで本当に金が無くなっちまって、その下半期からこの年の西武園記念まで車券はほとんど買えずって状況が結構続いてたのよ。
けど、不思議なもんで漫画が採用されてお金をいただけるようになったら、車券購入再開となった前節であっさり取れちゃってさ。
金の無いときゃ、どんなに必死で頑張っても外れ続けたのに…

やっぱ賭け事ってのは精神的…
ってより懐に余裕があるか否かってのはでかいのかもしんないね。

さて、決勝レースはいくらつけてたかもう忘れちゃったけど、結構つけたような気もするし、鈴木-中野の車券、取れて本当に嬉しかったな。
(後で調べたら ❶❸  1,630円⑥番人気でした)

ほんでもってさ、後節は結局外れたんだけどとても印象深いレースが観れたんだ。

簡単に言うと、初日から三日間、井上-内田の車券で決まったの。
ちょっと想像してみてくれる。
当時、500走路だった西武園で三日間ワンツーよ。
1、2着入れ替わることなく…
しかも、今と違って軽いギアの時代。
先行屋が粘るのって、すごく大変な事でもあった頃。

オレと関優勝の永遠の天敵

もちろん内田さんの調子が良かったってのはあるだろうけど、やっぱ井上さんだよね。
こう言っちゃなんだけど、当時…
というかそのあとも永遠にだけど、内田さんは井上さんの格下って存在で、競走では井上さんが前で駆ける内田さんをいかに残してあげるかっていう感じの関係性だったわけ。
(内田さんゴメン)

『ド本命』の先行選手を交わし続けるのも大変だけど、それ以上に『残してやらなきゃ』ってレベルの先行選手を連日残し続けるのって神業に近いものがあると思うんだよね。

オレ、決勝レースは井上さんから抜け目で買ってたの。
もし、前二日間でワンツーが続いてなきゃ内田さんの2着も買えたろうけど、いくらなんでも三日連続はねえだろうって思ってさ。
(ちなみに ❷❹、1番人気で230円)

まっ、そんな感じなんでオレがどんなにツキが回ってきたような状況の時でも井上さんって人は、やっぱりオレの邪魔をすんだよね。
しつこいくらいに…

蛇足だけど、井上さんの引退レースとなった1999年春の静岡ダービーなんて連日頭で買ったけど全部沈んでくれたかんね…
最後の最後までそういう御人(笑)。

とにかく人生思い通りにはいかないってことをオレに教えてくれた大恩人の一人かな。

ちなみにさ、現役世代の松浦悠士選手の上手でしぶとい競走ぶり見てると、ふと井上さんのこと思い出したりすることがあるんだけど、でもやっぱ全然違うんだよなあ…

松浦選手に対して恨みつらみ、憎しみの感情なんて一度たりとも湧いたことないもん。

あたしもおばあちゃんになったら、今の時代の選手のことばかり語るようになっちゃうのかな(笑)

A面マンガにもどる

SR31話B面『飲み会断る?断らない?』

きょうは4月20日、西武園地区もサクラの花が顔をのぞかせはじめました(๑˃̵ᴗ˂̵)
ブログ更新日の25日は満開になっているのかしら?
やっぱり心がウキウキしてきますね(^ ^)~♪♫♪~

さて、サクラといえば、やっぱりお花見☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
でも、去年につづき、今年も西武園クラブのお花見は中止なんだそうです。
あたしも参加を楽しみにしていたのですがザンネン(>人<;)

いっとき、飲み会をことわる人、ことわらない人ってフレーズが話題になっていたことがありました。

メンバーにもよるのかもしれないけど、競輪選手の飲み会に参加するのはあたしは大好き(*≧∀≦*)
選手のみなさんってお酒が入ってもあんがい上品でホントにおやさしい方が多いですから(ほんのすこしウソ)。
なによりレースや選手のウラばなし的なものが聞けるのって、すっごく楽しいんですよね。

みんなで集まってワイワイたのしめる日が一日も早くおとずれることをホントにホントに祈りつづける今日このごろでございます(ω╹๑ )

タナカのざれごと

二年連続お花見中止…
本当に残念。

オレが西武園クラブのお花見に参加するようになって、もう何年になるのかな…
この地区に引っ越してきてからだから、それでも二十五年は経ってるのか…

あっという間って感じもするけど、やっぱりそれなりの時間は過ぎてんだね。
オギャ~と生まれた赤ん坊が25歳になっちゃてるってことだもん、あ~、おそろしい。

飲み会参加はプラスだった

さてと、ところでさ、今でこそ飲み会を楽しみにしているオレだけど、若い頃はそういう類が苦手でしょうがなかったの。
って言うより、時間がもったいなく感じてさ。

仕事も忙しかったし、40代くらいまでは西武園クラブ関連のものを除いて他はほぼ欠場。
忘年会やらパーティやらの通知が来ると、

「あ~面倒くせえ~」

でも、それって、ちょっと失敗だったね。
可能な限り参加しときゃよかったって今はつくづく思うもん。

今さらだけど飲み会の類って、決して意味のない時間ではなかったって思えるんでさ。
色んな方達と知りあえるし、知らない世界の話も聞けるじゃない。

巷では色々言われてるけど、年配の人たちの経験談、体験談や説教、自慢話も、後になって役に立つってことが結構あったしね。

聞いてる時はそれほどピンとこなくても、

(あ~、そういやあの時こんな話聞いたっけ…)
(なるほど、こういうことだったんだな…)

みたいにさ…

ピンとこなかったのは、その段階でまだ自分がそれだけの経験、体験をしてないからなんだろうね。

だから、何かの事態に遭遇したりした時、ハッと気づかされたりするんじゃないのかな。
問題を解決するヒントも随分もらえたように思うし…

的外れなこと言われたってい~じゃん!

あと今、自分も年寄りになって思うのは、年寄りって、特に若い人には良かれと思って話をしてるパターンがほとんどだよなってこと。
損得の計算なんかまったく無し。
より良い人生を送ってくれたらいいなって純粋に思って話してんだよね。
(もちろん、そうじゃない人もいるにはいるけど)

だって、年寄りにとっての若い人って、もう競い合う相手でもなんでもないじゃん。
そもそもこっちは近い将来死んじゃう身なんだし…

あっ、もちろん、話の内容が正しいかどうかってのは別よ。
的外れのアドバイスや理屈も結構あるとは思うの。
でも、そういうのだって反面教師的に考えれば、やっぱり役には立つからね。

たださ、若い人にとっては意地の悪い、心のねじ曲がった、いや~な性格の年寄りとの遭遇は極力避けたいってのが、きっとあるよね。

たしかにそういう人も相当いるけど、結局そういう人って最終的には飲み会とかに誘われることも少ないと思うんだ。

身分や権力持ってる時は仕方ないけど、そうじゃなくなりゃ誰も関わろうとはしないでしょ。

ゆえに、幅広い世代で集まっておしゃべりできる飲み会なんかは、特に若い人には積極的に参加する事を勧めたいんだけどね。

年寄りにとっては若い人と喋れるだけで嬉しいっていうのもあるから、それだけでボランテイアにもなるじゃん。

なるほどね…
ヨーシ、だったらあたしはウイルスの状況がおさまったら飲み会はことわらない側になろ♥♡

63話B面『お客さまはありがたい!』

少しづつあたたかくなってきて、とってもうれしいあたしです(˃̵ᴗ˂̵)
でもね、気になることもやっぱりあるの。
4月15日から18日開催予定の西武園記念。

なんとかウイルスの感染状態が好転して有観客で開催できるよう毎日おいのりしていますᕦ(ò_óˇ)ᕤ
「神さま、おねがい♥♡」

関のざれごと

客なんてなよ…

有観客か…
たしかにスタンドに客の姿が一匹も見えないってのは選手にとっても寂しい事ではあっからな。

選手からすると客ってのは、自分たちに金を貢ぐためにのみ生きている、まあ家畜みてえな存在なんだけど、家畜は家畜でやっぱかわいいもんだしさ…
そりゃ牛や豚や鳥同様鳴き声がうるせえってのはあるけど、多少は役に立つ部分もあったしよ。

例えばオレの現役時代、競走中に客の声で他の選手の動きを知るなんて事もあったからな。

後方からの仕掛けを、「来たぞ~!」とかわめいてくれたり、「ケツもつれてっから流せ~!」みてえに先行ペースの指示までしてくれたりよ、グヘヘ…

けどよ落車の時は、いつもたまんなかったな~。

「このクズヤロ~!そのまま死んでろ!」

まず間違いなく飛んでくるのがこのセリフだ。

ったく、クズみてえな連中ににクズと呼ばれるこの屈辱…

闘志の源

だけど、このセリフで燃えに燃えたかな。

「絶対こいつらの金で大儲けして大酒飲んでうまいもんたらふく食ってやる!」

って具合にさ。
まっ、良くも悪くも客ってのは選手にとって必要な道具だと感じるね。

(あいつらを徹底的に食い物にしてやりてえ…!)

この一念で日々のあのキツい練習や競走での競り、博打場通いを続けられたんだと思うもん。

いずれにしても常に超満員だった時代を経験しているオレにとっては、今の時代は本当寂しくて仕方ないね。
ウイルスに関係なくさ…

カチク⁉︎
クズ⁉︎
ったく、たいせつなお客さまにたいしてなんってことを…
バチがあたるよ!

⑧が当たる?
ふ~ん…
じゃ、西武園記念は⑧から買うかな、ハッハッハッ!

ホント!
やった~!!!
じゃあ、あたしは⑧以外から買お~♥♡

おい、業務に就いてる場の車券は買えねんじゃねえのか。

あっ、そうだった、ザンネン…

【西武園競輪開設71周年記念4/15~4/18】

A面マンガにもどる

SR30話B面『元気になった話』

さて、みなさん(╹◡╹
ふじゆ~な毎日が、えんえんつづく中、かなしい気持ちになったり落ちこんだりなんてことありませんか?
つらいですよね、そ~ゆ~ときって。・°°・(>_<)・°°・。

タナカセンセェもドツボにはまってた時があったんですって。
お若いとき。
でも、とあるできごとがきっかけで元気になることができたんですってよ(=^ェ^=)
本日は、そんなお話をしてくださるそうです( ^ω^ )

さあ、それでは本日もえんえん語っていただきましょ~!
題して、『元気になった話!』
きっと、会議に出る女性たちよりはるかに長くなると思いますのでごちゅ~いくださいねえ~~♡♥♡♥

タナカのざれごと

チェッ!

「会議が長くなる」イコール「話が長い」、「よくしゃべる」…

つまり話が長い等云々っての、世間様からは蔑視される習性ってことなのね…

でもさ、それって「話の長い人間差別」、「話の長い人間蔑視」ってことになるんじゃねえの?

話の長いオレとしちゃ、ここんとこずっと肩身の狭い思い…
っていうより精神的に追い込まれて人生に絶望(ウソ)しちゃってんだけど、どうしてくれんのよ、も~!

ハッハッハッ、まっ、いっか!
そんなことは、ど~でも…

さてと、それじゃ本題の『元気になった話!』といきますか。

生きる価値すらねえ

え~っとさ、オレと直接関わったことのある人なら知ってる人も多いと思うんだけど、オレ、話が長いのと同時に超ネガテイブ人間なのね。

物事、なんでも悲観的に考え、すぐ真っ暗になっちまってなかなか回復しねえの。

現に今だって、
「オレが会話に混ざると、たしかにいつも時間が長引くもんなあ…」
って、クヨクヨしてるくらいなんだからさ…(ウソ)

10代の後半くらいからずっとそんな性格。イラスト

でね、話は一気に進めるけど、25~26歳くらいの頃かな…
もう明確には覚えてないんだけど、普段以上に相当落ち込んで時があったのよ。

その頃って、たしかプロにもなれず無職が続き、おまけに車券ははずれっぱなし…
何をやっても結果が出せずで、そのうち自分のことをこんな風に思うようになっちまったの。

(オレって、この世で一番ダメな人間だな…)
(生きる価値すらねえ…)

毎日のように通ってた競輪場からも足が遠のいてたくらい…
(実は、やられっぱなしで金が無くなっちまってたからなんだけど)

ほんで、なんでだったか完全に忘れたけど、それでもある日、鬱々状態のまま足が遠のいてた競輪場に足を向けてたの。
いくらか工面できたからなのかな?
でも、そんな時って車券買いたいって心境でもないだろうし、やっぱり家の中に居たくないってのと他に行くとこがなかったってとこなのかな…

鬱にピッタリ!京王閣

さあ、その時行った場所は京王閣!

お若いファンの方々はビックリするかもしれないけど、当時の京王閣は「日本一汚い競輪場」の異名を持つ、本当に小汚い場だったのね。
初めて京王閣に入った時、こう思ったくらいだったもん。

(終戦直後の街中の状態って、こんな感じだったのかな…)

世代的には戦争も戦後もほぼ知らないんだけど、ボロボロでゴミやホコリが溜まった薄暗い建物の中で、薄汚い格好(オレも含めてだけど)のおっさんやジイさんがひしめいててサツマイモとか背中丸めて食っててさ…

凄まじいとこ来ちゃったなって本当に感激したよ。

ただ、あの廃墟っぽさがなぜかオレは気に入っちゃって、このまま永久保存できねえだろうかって本気で思ったりしてたかな。
今は、すっかりキレイになっちゃたんで本当に寂しい限りだけど…

あっ、でも、ひょっとしたら、そんな場所だったからその時の自身の心境にピッタリってことで足が向いちゃったのかもね。

上をみずに下?をみる

さて、鬱々状態で電車から降り、京王閣の正門へ…

くぐる前か、くぐった後かも覚えてないんだけど、なんかものすごいモノ?が目に入ったのよ。

たぶんまだ昼頃だったと思うんだけど、地面に人が何人も転がってんの。
ゴロゴロと…

(なに?こいつら…)

最終レースの後ってんならまだしも、まだレースが相当残ってる頃でしょ。

もちろん、どいつもこいつも小汚い身なりのやつらばっかで…
(オレもだけどね)

天気の良かった日だったような記憶があるので、ひょっとしたら日向ぼっこみたいな理由で転がってたのかもしんないけど、それにしても大の大人(全員男)が何人も、真昼間っからさ…

今の時代は、こういう事言うとまた「差別」だの「蔑視」「偏見」だのって怒られるのかもしれないけどご勘弁ね。

平日が休みの人や、夜勤の人だっているわけだから、真昼間の競輪場で転がってたって非難されるいわれはないってのは、オレだってわかってはいるよ。
でもさ、みんな、どこのどいつか知らないし、あくまでもその瞬間目にした姿にしか感想なんて持てないじゃん。

おかげで元気いっぱいに

ほんでもね、だからってその時、別に悪感情を抱いたってわけではないのよ。
まるで逆。

そんな光景を目にした瞬間、オレの鬱々とした気持ちは一気に吹き飛んでっちまったんだから。

「オレより下がいた!」

ってね!

いやも~、喜びと感動で胸いっぱいになったかな。
真っ暗だった日常が、いきなり薔薇色に輝いたように感じたもん。

自分がこの世で一番ダメだと思ってたのに、いきなりもっと下と思える人間が目の前に現れてくれたんだぜ。
それも何人も…
(もちろん、その時たまたま転がってただけで普段はとっても立派な方達なのかもしれないけど)

で、失礼ながらこう思ったね。

(こいつらに比べりゃオレの方が、まだなんぼかマシだ!)

(もう一回がんばろう!)

人を差別したり見下すような気持ちを持つのはよろしくないってことはもちろん承知してるんだけど仕方ねえじゃん。
その時は本当にそう感じちまったんだから。
口に出して言ってるわけじゃねえしさ。
(今、口にしちゃってるけど35年くらい前の話だから時効にしといて)

で、その後本当にがんばれちゃったからね。

ちゃんと『ギャンブルレーサー 』描いて税金だって納めたでしょ!
(実際には、この時の事が『ギャンブルレーサー 』描く直接のきっかけってわけじゃないんだけどね…)

本当にも~、競輪や競輪やってる皆様方には若き頃より大変お世話になってる私です。

ってなことで私の話は、ハイ、おしまい!

『元気になった話』なんて銘打った割にはなんかレベルの低い話になっちゃったかな?
まっ、勘弁してちょ!

う~ん…
たしかに共感も感動もしづらいお話ではございました…

でも、センセェも若いころはやっぱりそれなりに落ちこんでたんですね。

あの頃って、自分より高いところばっかり見てたり、比較しても仕方のないようなことを考えて焦っちゃってたのかな。
まずは、今、自分がいるポジションの中でがんばることに集中できりゃ上出来なんだよね。
たぶん…

それにしても落ちこんでるときって、何にはげまされるかってわかんないもんですね(笑)

ホントだよね~。
まさか京王閣で転がってるオッサン達に元気もらえるなんて思わなかったもん。
遅まきながらその時の方々には、お礼を申し上げたいね。

もし現在ご存命なら75歳から90歳あたりなのかな?
皆様お元気だといいな。

そうですね。
でも、あたしからはお礼より、当時おコロがりになっていらしたお客さまたちに対して失礼な記事アップしたことを心よりおわび申しあげたいです。

62話B面『裏目裏目の昨末年』

はい、B面でございます(ω╹๑ )
みなさまのご想像ど~りGPでも散りまくり、きっとさんざんな年末だったであろ~関センセェでございますが、おそらく似たよ~なセ~シンこ~ぞ~をおもちと思われるタナカセンセェのほ~はいかがだったのでしょうか?

ハイ!
それでは、せ~ぜ~語っていただきましょ~!
「タナカセンセェの2020年末!」
ど~ぞ~~~~~!!!!

似たような精神構造⁉︎
いや~たぶん違うと思うけどなあ…

あ~、でも、ろくな年末じゃなかったって点では似たようなもんだったかも。

とにかく、やることなすこと裏目裏目っていうのかね…

目論み崩れる…

A面のマンガでも触れたけど、和田選手が優勝した瞬間はオレも本当にずっこけたのよ。
11月の競輪祭でGP出場メンバーが決まった時、瞬間的に思ったのがブログのこと。

今までなら無条件に1月はGP優勝者を取り上げるんだけど、今後は重複させないってことにしたのでちょっと考えちゃったのね。

マンガ未登場の和田、守澤両選手と登場済みの他7名の選手とどちらから優勝者が出る可能性が高いかを。

と同時にさ、せっかく1月のブログなんだし、普段あまりやれないもので行きたいな、なんて風にも考えちゃってさ…

1月に、『新春ベテランGP』ってタイトルでそれなりに競走シーンが出てくるマンガ更新したでしょ。

ああいうの作るのって実は結構時間がかかるのね。

PC使ってのマンガ作業って…

昔みたく、ただ紙に描いて終わりってんなら時間もそれほどかからないし、そもそも描き慣れてっからどってことないのよ。

選手もPCもちっとも言うこと聞いてくれねえ~…

けど、今は最終的にPCに取り込んで仕上げるって形でやってるんでさ。

で、これが結構大変なの。
「PC使うんだから楽に早くできんだろ」ったら、それ大間違いだから。

紙に手描きってだけだと、結局やれることに限界があるから嫌でもそこで終わるのよ。
けどPCって無限みてえなもんでしょ。
その気になれば、いくらでもやり直しがきくし、根詰められんだよね。

もちろん、オレがまだPC超初心者で作業が遅いってのもあんだろうけどさ。

んな訳で、ああいうマンガを出そうと思ったら、早いとこ作業に取り掛からにゃならんのね。

で、GPで未登場2名の優勝は無いと一か八かで決断して12月半ばあたりからアレ作り始めたら、結果がアレ…

しかもさ~、車券だって、関さんと同様、④枠と⑥枠狙いで行ってたから、
も~ガックリ…

よしのちゃんのラストラン

たださ、すべて裏目る前兆ってのは、GP当日の朝からあるにはあったのかな。

飯田よしの(106期•東京)

12月30日は、西武園クラブの飯田よしのちゃん(106期•東京)がラストランってことで彼女の友達とかと立川競輪場に行くことになってたのね。

で、ちょうど家を出ようとしてた時なんだけど、彼女の選手仲間のテルちゃん(矢野光世/104期•福岡)から電話がかかってきたのよ。

「よしのさ~、今日ラストランじゃん、落車だけは無いように祈りたいよ~!」

「おいおい、脚力!技術!頭脳!性格…全てにおいてピカイチのお方だぞ。

最後にそんなマヌケなことにはなんねえよ…」

「でも、あたしはやっぱ心配だよ~」

な~んて具合に、ついおしゃべり始めちゃったら、予定していたバスに乗り遅れてタクシーにっつう、自らいきなりのドジ。
ギャンブル場に向かう段階でもう不必要な支出でしょ。
【2020年12月30日 立川競輪5Rガールズ一般】みんなビックリ!飯田よしの選手ラストランその時、いや~な予感もちょっともたげてはきたんだよね。

とはいえ、最後の最後に落車ってのはやっぱり考えづらいし、まっ、あんまりぶっ離されて終わらなきゃいいけどってくらいの気持ちで競走見てたんだ…

なのに、なんとまあ結果の方は、ゴール前の金網でドンガラガッシャーン!
皆が一番望まない最悪の形で終了。

これからは良いことが起こるかも?

彼女って、今までどういう人生歩んできたんだろうって思わず思っちゃったね。

もちろん彼女のケガ具合が真っ先に気になったけど、やっぱりそのあとに控えるGP本番のことも心配になってきちゃってさ…

(この流れだと、車券の方もオレの狙いは全~部不発になっちゃうのかな…)

って風に思ったら、そういう方はやっぱり的中。
で、最初に話した通りの展開になってオレの年末は終了。

通常ならGPの後なんて大抵飲み会になるんだけど、今回はコロナ禍ゆえ自粛。
年が明けても、毎年恒例の新年会も無し。
とにかく面白くもなんともない年末、そして年始だったな…

けど、流れってのは順番順番に変わっていくもんでもあるからさ。
つまんないことばっか続いたんだから、これからは少しづつ良いこともあるだろうって期待はしてるんだけどね。

よしのちゃんも同じ!
身体が回復したら、きっといっぱい良いことが待ってんじゃない!

ちなみに2月5日の現時点で、オレの方にはまだ何にも良いことないんだけどさハハハ。

お気の毒さまでした。
でも、よしのちゃん、ケガの方だいじょうぶかしら…
お大事になさってくださいね。

よしのちゃん、おつかれさまでした!
セカンドレーサーがんばってくださいね!

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