SR23話B面『アオケイ編集長スペシャルよそ〜会♡♥』

ハイ、B面です。
まずはA面【クイズ】の正解です。
【答え】A「客には槍が降っても何も出ない」以外ほぼ不事実

あ~よかった(*≧∀≦*)

やっぱりセンセェの言ってたことってほとんどウソだったんだ!
ホッとした~(><)

おい!
ンニャ~ロ~~!
あたり!

おまえ、あんなバカのヨタ話、真に受けてんじゃねえよ。
昔の選手ってのは皆大真面目!

宿舎で酒…?

考えられんぜ、そんなの!
そんなヤツ、オレはただの一人も見たことねえし、そもそも宿舎に酒なんて置かれてねえんだから。

その昔、滝沢?だかなんだかってアホウな選手がどっかの宿舎で酔っ払って階段から転げ落ちたってのは、ありゃも~、どっかの嘘つきが垂れ流した典型的フェイク話。

選手ってのはいついかなる時も最高の状態で競走できるよう常に修行僧のような毎日を送ってんだ。

修行僧のような毎日ってのは、そりゃも~大変だぞ~!

修行僧の連中とはオレもカラオケや居酒屋でよく一緒になるんでその厳しさは熟知してっから。

関!
このトウヘンボク!
てんめえ~
うら若きお嬢さんにウソっぱち吹き込むんじゃねえ!

(※佐藤幸男氏の平素の言葉遣いは、いい歳してこのままです)

ヘッヘッヘッ…
たしかに幸男さんは現役時代、修行僧みたいな生活してたわ!
引退後なんて、さらに拍車がかかってもう聖人君子のような毎日送ってるもんね。

だろ?
そうでなくてもオレは自転車乗りになる前、何にも乗らずに自分の脚で箱根走ってる男だぜ。
ジョギングじゃねえぞ!

「箱根駅伝!」
自慢するために再度このブログに登場だ!
とにかくな、不真面目な生活送ってるような輩に選手なんてできるわけねえってえの!
70年以上も生きてるトップアスリートの言う事なんだから間違いねえ!
オレなんかあまりにも真面目すぎたおかげで今じゃも~、肝臓と心臓が悲鳴あげちゃってるけどさ…

い~や!
も~…
肝臓や心臓の一つや二つなくたって!
バカヤロちくしょ~コンノヤロ~…
ウオ~イ!
これから居酒屋「修行僧」と「聖人君子」に飲みに行くぞ~!

むかしのけいりんせんしゅってサイテー…

きんきゅ~スペシャル企画

さてさて、みなさま~!
今回A面よりはじまったじょ~だん企画「『AIけ~りん』マンガで再現」
次回更新分から、いよいよきょ~そ~がスタートします。
だれがエ~コ~のゴールをまっさきにかけぬけるか?
あたしも、も~ハラハラドキドキ!
みなさまにもぜひテンカイよそ~しながら楽しんでいただければっておもいます…(><)

 

20R  AI特選 (先固2425米)
選 手 名   県別  期別  級班
 ①脇本雄太(福井)94    AI1
△②吉岡稔真(福岡)65    AI1
▲③松浦悠士(広島)98    AI1
○④小橋正義(新潟)59    AI1
◎⑤平原康多(埼玉)87    AI1  
 ⑥小磯伸一(福島)47    AI1  
 ⑦滝沢正光(千葉)43    AI1
 ⑧内林久徳(滋賀)62    AI1
× ⑨新田祐大(福島)90    AI1

ハイ!
さ~~
そこで!そこで!そこで!

あたし、ちょっとオモシロイこと考えちゃいました(ò_óˇ)

(専門家のかたにきちんと展開予想をしていただいて、想定オッズも出したら次回以降、みなさまに、より楽しんでいただけるのでは…)

って!

ひょっとしたら、さらにげんじつのけ~りんを楽しんでる気分になれるかも、じゃないですか!

というわけで~…
は~い♫♪♬ジャンジャカジャ~ン♪♬

あたし、おもいきってTELちゃいました!

予想紙「アオケイ」の本田知己編集長に!!!

そしたら!そしたら!
そしたらね~

なななな、なんと!
あっさり協力をひきうけてくださったの~~

(ウエ~ンかんげき~)
(なんておやさしいの~)

みなさま~、せ~だいなるハクシュ~!!!!

パチパチパチ~~~*・゜゚・*:.。..。.:*・’(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*

さあ、というわけで本日、ヘンシュ~チョ~にさっそくおこしいただきました!

今回の神♡企画「専門家による『マンガAIけ~りん』スペシャルよそ~会」!

それではヘンシュ~チョ~、ど~ぞ!

も~いっかいハクシュ~~~☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

パチパチパチ~~~*・゜゚・*:.。..。.:*・’(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*

う~ん…
(実際にはオンラインのやり取りで、目の前にはあたりちゃんすらいないのに…
で、でも、今ボクものすごい拍手受けてるってことなんだよね…?)
(オシッ頑張って演技演技…)

本田編集長のお話スタート

ウヒャ~感激~!
と、とりあえず、こ、こんにちは!
アオケイ編集長、本田です!
今日は頑張って予想させていただきます!
ホヘ~
あたりちゃんって実物は、ジェシカ•アルバにちょっと似てるよね?
美人の前だと結構緊張しちゃうけど、よろしくお願いします!

ちょ、ちょっとヘンシュ~チョ~
最初によけ~なことつぶやいたから、もうバレてますけど…
まっ、いっか…!
ジェシカ•アルバって言ってくれたし…
(でも、ど~しよ、ホントにジェシカ⁉︎
(うれしくって今日は眠れん…)
こちらのほ~こそ、ど~ぞよろしくおねがいいたします!!!
それではヘンシュ~チョ~!
「AIけ~りん特選」のよそ~、さっそくおねがいいたします!
ど~ぞ!

一見難解、でもヒントはあるぞ!

はい!それでは改めまして、頑張って予想させていただきます!

 

いや~ホントにすごいメンバーです!

世代を超えた一戦で時代を築いてきた選手ばかり

はっきり言って「比較」は難しいけど、それでも昔のルールで会場は立川競輪場、そしてギア倍数は最大で3・77まで。
この縛りで何とか予想なるものは立てられる感じ。

とは言っても消去方でやっていくしかないかァ…

主導権は滝沢!

脇本はギア倍数に悩まれそうで全開で踏んでもスカスカして前には進まない?
そういう意味では新田も同様?

 なのでレースの主導権を取れるのは吉岡か滝沢。

 ただ吉岡のコメントは「脇本君より先に」と相手を脇本に絞っているのに対し、滝沢は「先手を取る」とまずは己との戦いを示唆。
(脇本や新田のコメントからしても先行争いを挑むような感じは全然なし)。

そうなると滝沢の逃げ?

 そして誘導の古林とは同年代(現在ともに60歳)で知らない仲ではなく、誘導が審判員の指示を無視して引っ張っちゃう事もあるのでは?
と考えれば滝沢の先行は約束されたといっても過言ではない。 

よって展開は番手の平原に絶好となるが、脇本の捲り、吉岡の捲り、そして新田の捲りを止めなくてはならず、平原とて最後は脚いっぱい?

 なのでこの展開で考える僕の結論は滝沢が豪華面子相手に逃げて脚いっぱい、続く平原は仕事して脚いっぱい。
その2人の中を小橋が無礼講の中割り強襲!
④⑤、④⑦が本線。 

そこに吉岡の捲りに乗って最後踏み上げる松浦が突っ込む、もしくは最後の最後に後方から捲り上げて大外強襲する新田への④③、④⑨。
立川バンクなら③④、⑨④まであるかも…。

怖いのは新田の一発!

一応押さえで別の視点からも。

 脇本はここ数年逃げて強い!

吉岡はF1先行の代名詞通りにフォーミュラ-ワン並のスピードで逃げて全盛期は強かった。

滝沢だって逃げて逃げて、逃げまくってS級トップに君臨。
特別競輪などで同県の鈴木誠が決勝に乗っても最初の頃は「後ろを回ってろ」と前を回さずに自分で先頭で戦っていた程。
よって逃げが持ち味。

脇本→先行
吉岡→先行
滝沢→先行

3人の先行争いとなるならば、待ってましたと新田の捲りが炸裂!

小磯が続けるかは微妙だし、脇本、吉岡、滝沢の後ろで脚を溜めている選手が2着に突っ込み⑨③、⑨⑤、⑨⑧。

僕は穴党だし、他紙「マヌケイ」の予想でもある本命対抗の⑤④は買いません。

なるほどなるほど( ̄^ ̄)
さすがヘンシュ~チョ~、すごく参考になります。
あたくしジェシカ•アルバもこのレース、先行するのは滝沢選手。
脇本選手、吉岡選手、新田選手がまくりをねらうテンカイを考えています。
むかしのギア倍数ということで、あたしもうしろのせんしゅの差しからねらっちゃいます(><)

内林選手から
⑧①、⑧⑤、⑧④、⑧③。
松浦選手から
③⑤、③④、③⑧、③⑨。
あとはヘンシュ~チョ~ど~よ~、新田選手がこわいので
⑨⑥、⑨③、⑨⑤、⑨④、⑨⑧。

ドッハッハッ!
おまえって女はホントおめでてえよな~!
古林のタチの悪さを甘く見過ぎ!
あいつはな、後ろが地元勢ならしっかり機関車だけど、別線がついてる時は押さえ先行!
身動きできないようキッチリふたして、地元勢を後ろに迎え入れるか出切らすためにはどんな悪どいことだってやる男。

審判の指示?
あいつ時々「耳なし芳一」になっから…
もちろん当時はあいつでなくても誘導ってのは地元勢が有利になるような走りをする…、ってえのは選手間では暗黙の了解ごと。
オレたち関東勢だって遠征行きゃあ、そりゃも~やられたもんさ…
客だって、そういうことも考えながら車券買ってるヤツって結構いたんじゃねえのかな?
ただ、そうは言っても古林の律儀さってのは度を越えてんだ。

よって、この競走、
⑤④でまず堅え!
押さえにウラの
④⑤!
この2点で十分だけど念を入れるなら
⑤⑨、⑤②、⑤③、⑤⑧…
かわいそうに、おまえはレース終了後どっかのドブ川に身投げだな…
ヒ~ッヒッヒッヒッ!

ウヒャヒャ~
ばんざ~い!!!
センセェと一点もかさならなかった~!
ゴミクズ買わずにすんだみたい、ウフフ…

おいおい関!
古林がちとかわいそうすぎねえか?
立川の、あのたった一戦だけでよ…
おめ、清嶋(彰一/40期•OB)になんか恨みでもあんのか?
まるで古林が優勝させたかのごとく…
それとも僻み、妬みか?

SR13話見りゃ分かるよ!
あの人、自分は古林使って優勝しといて、オレが本命背負った競輪祭じゃピクリとも動かず。
あの人さえ行ってくれてりゃオレだってタイトルホルダーに仲間入りできてたんだチキショ~…

なるほど、センセェが古林さんのこと悪くいうのはそ~ゆ~ことだったか…
古林さん、ちっともわるくないのにかわいそ…

というわけで、きんきゅ~スペシャル企画でした。
みなさまも、ぜひ予想してみてくださいね?

【あたりからのおねがい】
よいこのみなさん!
オッズがでてるからってノミこ~いとか、ぜったいおやめくださいね。
ともだちどうしとかでも、ぜったいゼッタイだめ!
もし、そんなことしたら「きょ~そ~ふせ~りつ」にしちゃいますよ。
車券はちゃんと大宮か西武園で売ってるやつでたのしみましょうね。
あたしからのおねがいです。

かてえこというなよ、あたり!
オイ!
オレも⑤④裏表100万ずつ!
誰かノんでくれや~!
金がねえからバーチャルでさ!
ドハハハハ~!!!

【次回、いよいよ夢のレースの発走です。お楽しみに】

A面マンガにもどる

59話B面 『オシッコのオギゼン!』

さてさて、B面です。
じつは先日、タナカセンセェが西武園競輪場におみえになったの(⌒▽⌒)
ちょっと荷物をとりに来たってていどのご用事だったんですが、あいかわらずつづいているこのコロナ禍、当場に足を運ばれたのもひさしぶりとのこと。

人に会うきかいも少なかったそうで、きっとうれしかったんでしょうね(^ν^)
わたしの上司や、場のお仕事にきていただいてる選手OBのみなさんたちととっても楽しそうにおしゃべりに花を咲かせていらっしゃいました。

えんえん…>* ))))><

めんどうくさくて、あたしはもう、ソッコーで逃げだしましたけど…(^_-)-☆

タナカのつまらないざれごと

仕方ないじゃん…

夕方だったし。

仕事に来てた皆さんたちも、ちょうど業務を終えて帰宅するってタイミングだろ。

出入り口をくぐった瞬間からもうポンポン顔合わせちゃうんだもん…

ってなわけでまたしても始めたというか始まっちゃったんだけど、職員の方お一人交えたOBの荻善さん(荻原善一/48期)とのおしゃべりが本格的になっちゃってちょっとご迷惑かけちゃったかな…

まっ、別に大した内容じゃないんだけどさ…
年寄りが二人揃えばもう昔ばなししかありえないしね。

でも、それがまたとっても楽しいのよ。

ちなみに荻善さんとオレは歳も近くて顔合わせればいつも結構話し込んじゃったりしてるんだ。

初めて遭遇したのは、もうなん年前くらいだろ?
オレが車券買い始めたのが昭和60年だから、きっとその頃なんだろうね。

つまり35年前…?

もちろんその頃のオレはただの客。
で、荻善さんはもうバリバリのS1レーサーだったんじゃねえのかな…?
二班だったかな?
忘れちゃった…

連れションの思い出

オレ、荻善さんにはちょっと変わった思い出があるんだ。
本人は全然覚えてなかったんだけど、西武園がまだ500走路時代。

オレもただの客からマンガ家になってて、たぶん記念か準記念(荻善さんはS級だから当たり前の話)なんだけど、記者席で競輪観てた時があったの。
で、最終レースが始まる前、「オレ金網で見たいから」っつって部屋を出たのね。

(そ~だ、外出る前にオシッコしとこ…)

と思ってトイレに入ったのさ。

そしたら何と、9番者緑赤の勝負服身につけた先客がいるの。
チラッと横顔見たら…

(あり⁉︎

(やっべ~荻善さんじゃん…)

記者席に入れるような身分になってたとはいえそれでもまだオレの気持ちと格的には、ただの客とスター選手。
(若い人は知んねえかもしれないけど、当時の荻善さんって一発がある本当怖い(車券的に)選手だったのよ。二発はあんまりなかった?けど…)

華麗なフォームでオシッコ中の荻善さん

しかもさ、何日めだったかは覚えてないけどいずれにしても最終レースを走るお人。

馴れ馴れしく声かけるなんて畏れ多いでしょ。

「が、がんばってくださいね…」

って一声出すのが精一杯。
並んでオシッコしながら…

返事があったのかどうかすら覚えてないんだけど、でもなんか不思議な感覚になったのはよく覚えてんだ。

だって連れションした人間がその後すぐ、金網の外で見つめるオレの前を9番車つけて走ってんだぜ…

結果なんて覚えてないし、ただそれだけの出来事なんだけどなぜか強く印象に残ってて、今だに荻善さんの顔見ると連れションのこと思い出しちゃうんだ。

オレにとっての荻原さんは、だから緑赤の9番車着てオシッコをしてる競輪選手。

「オシッコのオギゼン!」

オレの頭の中では永遠に…

乗車フォーム…
じゃなくてあのオシッコしているフォーム…
完璧だったもの…!

 

選手が三人オレん家に

さてと、ちょっと話は変わるけど、8月の終わりになぜか競輪選手が三人、オレん家を訪ねてきてくれたんだ。

メンバーは、地元の内藤高裕選手(96期/東京)と飯田よしの選手(106期/東京)。
飯田選手の友人とのことで、矢野光世選手(104期/福岡)。

突然の訪問だったからビックリしたけど、

(しめた!)

とは思ったね。

飛んで火にいる夏の虫…

孤独老人宅に若者三人!
(オレからすると若者)

早速、昔ばなしの餌食にしたよ。

さっき、年寄り揃えばもう昔ばなし…って話したけど、相手が若者でも年寄りにはやっぱ昔ばなししかねえからね。

おしゃべりは最高の幸せ!

だって仕方ねえのよ、もう…
現役世代と違ってリアルタイムの物語をなかなか作れないでしょ…

昔みたいにバリバリ仕事してるわけじゃないしさ。

同世代たちだって、ほとんどみ~んな第二の人生。

そういやオレん家って、昔はほぼ毎日朝から晩まで誰かしらが出入りしてたの。
っていうより仕事の時はアシスタントさん泊まりが基本だったから、20数年間は合宿所暮らしみたいな感じだったんだ。

今はもうそうじゃないからね…

飲み会やったり、たまに友達が寄ってくくらい。

んな訳だから、誰かが来てくれるってのは本当に嬉しいし、かつそれが話を思い切り盛った自慢話をできる若い人ってのはもう最高なんだ。

さて、三人が訪ねてきてくれた時の話はまた改めてする予定だからお楽しみに。

今回このまま続けると長くなっちゃうんでさ。

「いや〜ホント楽しかったな〜!」

さ、さいあく…
おねがいだからナガばなしだけはよしてくださいね…

A面マンガにもどる

SR22話B面『岸和田オールスター食中毒騒動(後編)』

2週間おまたせしました、タナカセンセェのハプニング話の続きです(*≧∀≦*)
といっても、それほど大した話じゃなさそうなんですけどね…

オレにとっちゃ大ごとだったのよ。
とっても悲しい…

疲れ切ってました

はい、それじゃ話の続きね。

1988年岸和田オールスターで集団食中毒に巻き込まれたオレなんだけど、まだマンガ家デビューして間もない頃でしょ、本当に忙しく時間に追われる日々だったのよ。

特にオレの場合、マンガの作り方すらろくに知らないままいきなり連載だったからさ。

それまで、それほどの量描いたこともなければ、アシスタント経験もなし(希望しても全て断られたので)。
そっち系の知り合いもゼロ。

しかも題材と内容がああいったもんだったからなのか、編集者さんは作品作りにノータッチ。
同業者なら驚くと思うけど新人なのにネームチェックもほぼナシだったのよ。
(数ヶ月後にはネームを求められることすらなくなって、そのうちまともに作ること自体なくなっちゃった)

例えて言うなら、ピストレーサーもろくに乗ったことのない人間が競輪学校どころかB級A級飛ばしてS級の競走走らされるようなもんなんだから、今考えると恐怖すら感じるね。

それに、その頃はもちろんアシスタントさんなんているはずもなく、原稿上がっても編集者さんが取りに来てくれるって身分でも無し。

一人でネタ考え、資料集めて一人で描いて、出来上がったら編集部にお届けに上がる…
そんなサイクルだったから本当の本当に大変だったのよ。

メシ食ってほんのわずか寝る以外は丸一日机に向かい続けて、それでも時間が足らないって感じの日々だったかな。

もちろん競輪は、ほとんど行けなくなっちゃったからもっぱらテレビ観戦。

当時は業界のことなんて何にも知らないから、みんなそうなんだろう…ってくらいにしか思ってなかったけどさ…
(というよりもっと大変だったみたい。実際にはオレは楽な方だったらしい)

で、とにかくもう常に疲れ切ってる状態で、ある時の原稿渡しの帰りなんて頭がクラクラして地下鉄の駅の階段を降りられず、平日の3時くらいだってえのに自宅まで一時間半くらいの距離タクシーに乗ったことがあったもん。

まっ、そんな感じだったから食中毒にかかっちゃった時も体調の悪化が早く、症状も重くなっちゃったんだろうね。

病院を脱走

さて、そういう事情を抱えてたんで入院したっつってもいつまでもそこにいるわけにいかなかったの。
早く帰って原稿作らないと間に合わなくなっちゃうでしょ。

特にその頃は、仕事欠場するって考え一切頭になかったからね。
無職だったオレが、やっとありつけた仕事なんだものさ…
(前回、チラッと車にはねられた話をしたけど、その時も欠場せずだよ。編集部も驚いてたみたい)

一週間くらいは入院してなきゃいけなかったと思うんだけど、たぶん三日目くらいに脱走みたいな形で無理やり飛び出したのかな。
競輪場での食中毒ってことで病院代とかはまとめて施行者が持つってことになってたみたいだから手続きみたいなものもほとんどなかったし。

でも、これが後に大ショックな展開となって己に帰ってくるんだよね…

驚きの事実

それから2~3ヶ月経った頃なのかな…

ある日、岸和田で知り合った「アオケイ」記者の桃木さんから電話があって、京王閣遊びに来いって誘われたの。

で、会いに行ったんだけどそこで急にこんなこと言われたんだ。

「いや~オールスターじゃ、お互いいい思いできて良かったよな~。
お前さんも相当もらえたろ?グヘヘへへ~」

いったい何のことだかさっぱりわからず、

「いい思い?」

って聞き返したの。
そしたらさ…

「だっておめえ、見舞金や休業補償たんまりもらったべ!」

「あんときゃ、みんな一晩くらいで回復したヤツが多かったんだけど補償が出るってことと、仕事の方は各紙、別の人間が補充で入るってことになったもんだから入院した連中はもう大喜び!」

「昼間は仕事抜きで競輪!」

「で、外で遊びまくった後、夜だけ病院戻ってホテルがわりに宿泊!」

「しかもさ、入院中必要なものは何でも施行者が用意してくれるってことになって病室にレンタルのテレビだの何だの…」

「それで金までもらえて開催期間ずっと居座れたんだぜ。
も~最高だったな!」

オレの、その時のショックといったらも~…

(オ、オレは何にも…)

(というより連絡すら…)

無名の悲しさ

症状の一番重かったオレが、それでも看護師さんの追走振り切ってフラフラの状況で自宅に戻りフラフラのまま机に向かい…

病院に二日か三日いたせいで作業スケジュールが大幅に狂ってしばらくの期間はさらにに地獄だったのよ。
記者さん達と違って、誰か代わりにやってくれる人も手伝ってくれる人もいやしないんだからさ…

ところで前回、競輪やってる人には多少オレの存在知られ始めてたけど、一般的にはまるっきりって言ったでしょ。

これ後日談だけど、招待されて行ったってことは名簿には当然名前とか住所入ってたはずなんだよね。
けどさ、施行者、すなわち自治体の職員さんたちって一般的な方の部類に入る人たちじゃん。

世に出て三月も経ってない「ギャンブルレーサー 」なんてマンガ知りやしないし、そもそもどの組織にも所属してないただの一個人「田中誠」なんて名前見たってどこのどいつかわかるわけないのよ。

病院も早々に抜け出して職員さんとの面談や調査も受けてなかったしね…

そんなわけで、見事にオレだけ黙殺されたままって状況になっちゃったわけ。

オレが何も補償を受けてないって知った桃木さんが岸和田市に連絡入れてくれたんだけど、後日オレに届いたのはお見舞い状の紙切れ一枚…

たぶん補償関連の手続きは終了したので…みたいな内容だったんじゃないのかな。

その頃はオレも忙しかったし、もう面倒くせえからそのままほっぽらかしたんだけど、でも世の中って本当不条理だよね。

あの岸和田オールスターで一番被害の大きかったのは間違いなくオレだったんだからさ!

うえ~~~ん
貧乏くじばっかひく人間ってかわいそ~>* ))))><
センセェから聞く話っていつもそんなのばっかだもんね~(-.-;)y-~~~

A面マンガにもどる

58話B面『岸和田オールスター食中毒騒動(前編)』

さてさてB面です(╹◡╹)♡
あさってからいよいよオールスター(*≧∀≦*)
どんなドラマが展開されるのか楽しみです。
ところでみなさん、タナカセンセェにはオールスターというと今でも思い出す、ちょと特殊な思い出があるそうなの。
本人いわく、かなしい?物語なんだそうですが、でもどうなんでしょ…フフフ
みなさんに、おしゃべりしたいんですって(^_-)-☆

タナカのつまらないざれごと

はい!
というわけで、今回もまたオレが登場ね!

実はオールスターっていうと、聞くも涙、語るも涙の実に悲しい衝撃的なエピソードがオレにはあんのよ。

そりゃも~本当に大変な思いをしてさ…

ほんじゃ、早速行くけど、それは1988年9月に行われた第31回岸和田オールスター。

決勝戦、怪物•滝沢正光選手(43期•OB)、当時グングン台頭してきた若手のスター、坂本勉選手(57期•OB)の壮絶な逃げ争いを、最後に中野浩一選手(35期•OB)が差して優勝したって時の大会。

このレースに関しても強く印象が残ってるんで機会があればいつか取り上げてみたいと思うんだけど、今回はレース以外で起こったハプニングの話ね。

マンガ家デビュー直後のオレ

あっと、その前に当時のオレについてちょっと説明。

今までにも何度か話しているけど、オレはこの年の6月に「ギャンブルレーサー 」でデビュー。

で、直後に振興会(今のJKA)から呼び出し受けたので挨拶に行ったの。
そしたら、特別競輪や各地の記念競輪の招待状をいただけるようになったんだ。

ほんで、招待状使って初めて出かけたのがこの岸和田オールスター。

ところでさ、この1988年って、オレにとっては本当に不思議なことがたくさん起こる一年だったのよ。

まずマンガ家って仕事にありつけたでしょ。

ちなみに、年を迎えた時点では無職で貯金もほぼゼロ。

特に前年は競輪で凄まじいくらいにやられっぱなしだったんでね。
毎日通って、毎日やられて…

人にもどんどん相手にされなくなって…

なのにさ、春にマンガで新人賞を取っちゃった頃から、いきなり風向きが変わっちゃったのよ。
人にもどんどん相手にされるし、とにかく色々よく当たるようになったの。

ふと頭に浮かんだことが、その後本当にその通りになっちゃうとか…

あれだけやられ続けた車券も同じ。
思いついたまま適当買ってもポンポン当たっちゃうのよ。

もちろんいいことばっかじゃなくてその逆も。

いろんなものによくぶつかったりしたんだけど、その最たるものが自転車乗ってて自動車と激突したこと。(この時は、路上に頭からモロに叩きつけられて死んだと思った)

具体的には言えないけど、気味の悪いものにも何度か訪ねて来られたりね…

とにかくいろんなことが起こる一年だったのさ。

車券で当たりまくった後…

さて、岸和田の話に戻るけど、この時って今話したように連載始めてまだ間もない頃だから、当然世の人々には全く知られてない存在だったのね、オレは…
(このことが後に大きな意味を持ってくるから、ちょっと覚えておいて)

で、開催初日から二日間くらいの予定で行ったのかな。

さて初日。
関係者席だか招待者席だったか忘れたけど、とにかく初めて一般席じゃないところで車券を買う体験をしたの。
と言っても、初めてのそういう場所なので、いろいろな方紹介されたり挨拶があったりとかで、落ち着いて予想紙読んだりする余裕はまったく無し。
なのに、車券の方はやっぱり当たりっぱなし。

も~ど~なってんだと思いつつ迎えたその日の晩…

夕食を済ませ、まだそれほど遅い時間じゃなかったと思うんだけど、ホテルの部屋の中で急に激しい下痢、吐き気に襲われたのよ。

ついに車券だけでなく食い物にも当たっちまったか?…なんて冗談言ってられたのも最初のうちだけ。
どんどん、悪化する一方でとうとう救急車にお世話になる事態まで行っちゃって。

症状もかなり重かったみたいで運ばれた病院で即入院ってことに…

で、その後しばらくすると続々救急車や救急患者が入ってくる事態になって、どうやら集団食中毒の発生らしいってことが分かったの。

運ばれた患者第一号がオレだったみたい。
まっ、これも名誉なことなんだろうけどさ…

患者仲間に素性を聞かれて

でね、その日の晩運ばれてきた人たちってのは、ほとんどが競輪関連の記者さん達。

岸和田競輪場で関係者用に用意された弁当が発生源だったらしいのね。

30年以上前のことなんで菌の種類とか忘れちゃったけどメジャーな種類だったってのは覚えてるよ。
サルモネラとかビブリオとかブドウ球菌とか、そんなあたりだったんじゃないかな…

冗談抜きに相当苦しんだよ。
熱も確か40度近く出て、翌日も昼頃までは意識が朦朧としているくらいだったかな…

で、入院二日目だったか三日目だったかもう覚えてないんだけど意識が普通に戻りだした頃、また新たなる出会いと人間関係が始まったんだ。

入院患者さんはさっきも言ったように記者さんばっかでしょ。
同室になった方も記者さんだったのね。

で、素性を聞かれることになるんだけど、その時オレちょっと困っちゃってさ…

各病室に散らばってる患者さん達もみんな記者さんだからほぼ全員顔なじみ。
そんな中、ただ一人見知らぬガキが一匹混じってるんで不思議に思われヒソヒソ話の対象になってたらしいのよ。

「オケラになった客が忍び込んで弁当盗み食いでもしたんじゃねえの」
「ゴミとして処分された弁当拾って食ったのかもな」
「若えのに、みっともねえヤローだな…」

後になって他の記者さんに聞いた話だけど、本当にそういう風に言われてたらしいよ。

驚きの反応

まっそれは置いといて、こっちはまだデビュー間もない人間。
誰も知ってるはずがないし、どうやって説明しようか本当困っちゃってさ。

「実は競輪のマンガを描いてまして…」

なんて言ったところで

「は~ん???」

ってなもんだろうし、下手すりゃどっかのバカと思われるかもしんないじゃん…

それでもとりあえずボソボソと自己紹介始めたの…

そしたら、なんとビックリ!

「え~っ『ギャンブルレーサー 』⁉︎

「知ってるよ!読んだ読んだ!」

「他の記者でも読んだって人いるよ!」

まさかと思ったよ。
所詮はド素人が描いてる、しかもああいう代物でしょ。
本職の人が読めるレベルのものとはとても思ってなかったからさ…

ましてやまだ数話程度しか世に出てない頃だったしね…
きっと競輪のマンガってことで、競輪の記者さん達の目には止まってくれていたのかな。

そん時は本当に無名の存在だったから。
(繰り返すけど、これよく覚えといてよ)

でも、そんな具合に想像と反対の反応が出て、それが他の病室の記者さん達にもウイルス同様パア~っと広がったのね。

いやあ~これまた驚いたのなんの…
それまで、「この○○○ヤロ~」みたいな眼差しを向けてたらしい?記者さん達がいきなり好意的眼差しを向けてくれるようになったんだから。

専門紙「アオケイ」との出会い

まっ、そんな訳で入院中、そして退院後も予想紙記者さん達に色々お世話になるようになるんだけど、そこで特にお世話になったのが今もお世話になってる「アオケイ」さん。

数年前、亡くなられてしまったんだけど、桃木さんという記者の方が着替えだのなんだの色々手配して下さって本当に良くして下さったんだ。

悪人っぽい顔立ちの人だったけど、その後も何かと声をかけて下さり、オレには優しい人だったので亡くなられた時は本当にショックだったな…
オレと違って、ギャンブルレーサー に出てくるキャラみたいな人でもあったしね…

話はちょっと逸れるけど、当時の競輪関連記者さんやその周辺の方達って反社会勢力風顔つき、かつそういうファッションって方も多く、見分けがつかず困るってことがよくあったのよ。
時には本当にそっち系の人がいらっしゃったし。(もちろんこれはウソ)

あっ、一応言っとくけど、オレはギャンブルレーサー に出てくるキャラ達とは似ても似つかない?人間なんだからね。
「おまえって、本当に面白くもなんともない人間ね」って風に50歳過ぎるまで言われ続けてきてたんだから。
桃木さんにもよく…

さてと、最初に話を振った「聞くも涙語るも涙…」の内容にはまだ全然到達してないし「無名の存在」っつうキーワードにもまだまだなんだけど、例によって長くなってきちゃったからこの話の続きは次回ね。

いつも、あたりちゃんに怒られてんのよ。

「タナカセンセェと桜井センセェの話はいつも長すぎる」
って…

そういやこないだも、夜中に電話がかかってきて朝まで話したりしてたもんな…

う~ん…
センセェはメンヘラ女だね…
それにしても、これからど〜いうふうに悲しい物語になっていくのかしら…
なんか笑い話になっていきそうな予感(^_-)

【というわけで話の続きは次回】

A面マンガにもどる

SR21話B面『続ける限り!』

A面に出てきた「続ける限り…」って言葉で、オレの頭にふと浮かんできたのが古川(宗行/96期•東京)。

古川宗行(96期•東京)

なんでかっつうと、アイツもここ何年かずーっと続けてきてんのよ。
同じ事…
何かに取り憑かれたごとくの先行、先行、また先行…
このブログでも以前紹介(SR3話記事)してるんだけど、そりゃも~新人みてえな組み立てでさ。

あの記事から一年半。

昨日も今日も変わらず先行し続けてるよ…

違いといえばA級では優勝戦線、S級の今は延々ズタズタ…

あいつはバカなのか?

人それぞれ色んな意見や感想はあると思うよ。

でもオレは、あいつの走りには以前の時以上に心打たれてる部分があんだ。
だってよ、あいつの競走ぶり、ダイジェストで見てみなよ。

繰り返すけど、毎度毎度憑かれたように主導権取りに出て力の限り駆けて、で、毎回ケツでゴール。

これを延々続けるのって相当きついぜ。

たまにいいことが有るならまだしも全く無えままなんだもん。

皆さんだって成果の出ないこと延々続けるのって辛いでしょ。
例えば、ただの一度も当たることのないまま365日車券買い続けて平気でいられる?
財力は別として。

「だったら戦法変えりゃいいじゃねえか」

あのさ、古川のあの走る姿見てて、ただのバカがバカ丸出しで走ってるように見える?
何も考えてねえで、あんな辛いこと毎回繰り返せねえってえの。

本人の中に未来に向けての強い目的、課題があるから続けてられると思うんだ。
同時に真面目さと強い意志を持っているから続けられてんじゃねえのかな。

少なくともオレにはそう見えるんだ。

もちろん、だからってオレにあいつの考えてることがわかるってんじゃないよ。

困難は人を成長させる

オレにも憶えがあるんだけど、それなりに動いていたことがうまく回らなくなってくっと必死で色々考えるのよ。
そうなった原因とか対策…

同時に自己能力の再分析とか…

年齢だってあるしさ…

自分のスタイルにこだわりがあるとか変えたくねえってんじゃなくて、もう一回自分に対して実験をしたくなるのよ。
自分の能力レベルや、それに伸びしろがあるのかどうかとかをさ…
精神力に関してもな。

オレは、古川は今その実験中だと思ってんだよね。

でもさ、30過ぎた男が、それでももう一度若手と同じような日常繰り返すってなかなかできることじゃないし、だからこそあいつの今の姿を見てると心うたれるものがあんのよ。

古川の今の状況がいつまで続くのか、続けるのか、オレには丸っきりわからないけど、こういう経験は人間をどんどん成長させると思うんだ。

同時にさ、古川の今の姿は、困難を抱えながらも必死で生きている人間たちに大きな共感を与えるものにもなるんじゃねえかな。

古川、がんばれよ!

「続けている限り失敗ではない」
「あきらめた時はじめて失敗となる」

この言葉を愚直に実行してるのが今のお前かもな。

うえ~~ん…(>人<;)
セ、センセェが、まともなコメントしてる~~~
あ~ん…
ぜったい地球滅亡の前兆だ~~(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
でも、ちょっぴりうれしい…♪()♪

今月、地元の馬場喜泰(76期)選手が現役を引退されました。

本当にお疲れ様でした。

現役最後となった前期の競走はコロナ禍の中であったにもかかわらず連日気迫溢れる素晴らしい競走を見せてくださったと思います。

馬場さんは76期で1995年のデビューなんですね。
馬場さんが引退ってことで、オレの気持ちはまたまた複雑です。

馬場選手の作文

オレって東京出身で今も東京住んでるけど、馬場さんがアマからプロになるその頃って実は埼玉の方に仕事場持ってたの。
で、もちろん地元の業界関係者や選手の皆さんたちにも色々お世話になったんだけど、特にお世話になったのが、資料的なものをお借りしたり頂いたりすること。
漫画を描く上で資料集めってのは本当に重要だからね。

でね、そういったものの中に競輪学校の受験や、プロを目指す地元の子たちに関するものもいくつかあったのよ。

例えば、競輪学校の入試問題用紙や地元の受験する子たちの願書や内申書的なもの、各受験生が取り組んだ後の学科試験練習問題の答案用紙とか、あと入試の項目にある作文の練習したものとか…

ちゃんと「2分の1たす2分の1は4分の2」って具合に解答が入った答案用紙や、「ぼくはしょうらい競輪せんしゅになりたいです…」的な内容の作文を読ませていただくのはめちゃくちゃ楽しかったかな…(変な意味でなく)

でね、そういったものの中には何と馬場さんの書いた作文も混じってんのよ。

オレ、それ返しそびれててまだ持ってんの。

もちろん何が書かれているのかは秘密だけどさ…

そうそう、その頃にはこんなこともあったっけ。

受験を控えて学力に不安のある子が、練習後うちの仕事場に来て、うちの高学歴のアシスタントさんに勉強教えてもらったりとか。
学の無いオレはもちろんそれをニヤニヤ眺めながら、もしオレにも教えてくれって言われたらやばいな…なんてヒヤヒヤしてたこと今でもよく覚えてるよ…

あっ、これはもちろん馬場さんじゃなくて別のやつの話ね。

オレの頭の中

話をちょっと脱線させちゃったけど、何が複雑かっつうと、今やそういう子たちが現役を引退する時を迎えてるってこと。

オレからすると、その頃の事が昨日のように…とまでは言わないけど、それでもやっぱりついこの間の出来事のように感じる部分はあるからさ。

そういえばその頃って、当時高校生だった太田真一(75期•埼玉)選手が結構話題になってて、「天才少年が競輪学校行くんだってよ~」なんて話で盛り上がったりしてた記憶も残ってんだけど、今年何と息子(太田龍希/117期•埼玉)さんが選手デビューでしょ。

当時の高校生や二十歳前後だった子たちが引退だったり、お子さんが選手デビューしたり…

それだけの月日が流れちまったってことと、その流れの速さ、そして自分がそれだけ歳をとったんだってことにえらい驚きと戸惑いを感じちゃうの。

オレ、競輪始めたのが80年代なんで頭の中は、60期代=新人…みてえな感覚もまだちょっと残ってんだよね。

笑っちゃうけど。

50期代が若手、40期、30期代がバリバリ、20期代がベテラン。
それより上がジイさん…

そんな感じで固まっちゃってるから、たとえ競輪のことでも若い人の話題には、もう日々ついていけなくなるいっぽうかな。

セカンドレーサー第二の人生

さて、馬場さんの話に戻るけど、ああいう(?)作文を書いてた少年がその後立派に選手になって活躍もできて、さらには貫禄もついて、歳はオレより一回り以上下だけど堂々として、今じゃオレよかよっぽど大人。

これからはOBとして、また色々話を聞かせてもらえたら嬉しいなあと思います。

第二の人生、お互いがんばりましょう!

へえ~~そんなエピソードがあったんだ…
馬場選手の作文読んでみたいなあ~(*≧∀≦*)

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