124話 中田健太『がんばる原動力』

みなさま、ながらくおまたせいたしました。
今回ご登場~は、『ガニ股穴掘り走法』で世界的にも超~有〜名な中田健太せんしゅでございます。
お股のあいだをかきむしりながらごらん下さいませ…

 

中田健太中田健太

おまえの「あ〜ゆ〜ふ〜」の一言は、この社会で苦しい思いをしている人達を本当に傷つけたな…

しまった~!
たしかに、なにげない一言や認識が大きな差別、偏見につながりますもんね

いくら、あまりにも人とちがうフォームの中田せんしゅ登~場の回とはいえ思慮がたりませんでした…
以後、気をつけます…

んじゃあ反省も込めて、オレに今日の資金まわせ!

……

西武園OB 関優勝(37期)

瞬間的に位置がわかる選手(笑)

さてと、中田と言やあ、今更だけど、やっぱり真っ先に来るのがあの独特のフォーム。

足をカパッと開いての極端な前傾姿勢。

「ここ掘れワンワン」っつうより「ドジョウすくい」とか「小豆洗い」って感じのスタイルかもしれねえ(笑い)

現代風に言うと、「ドリルで地面に穴を開ける」ってスタイルか?

けど、見慣れちまえばなんてことないし、そもそも団子になってたって瞬間的に「中田!」ってわかるから便利は便利だよな。

フォームだけですべての客に存在焼き付けられる選手なんて滅多にいねえんだから、それだけでも凄えことだよ。

それにしても、あの特殊なフォームで小型ドリルのごとく小刻みによく動くし、上手な競走してるよな。
おそらく、研究に研究重ねて作り上げたもんなんだろう。

あとは、そもそもが脚もあるし、判断力も優れた選手。

日本社会が沈没でもしねえ限り、ゴミ箱の心配はねえんじゃねえか、ゲッヒッヒッ!

 

新井剛央

研究熱心、かつ努力家!

中田選手はご存知の方も多いかと思いますが、父が中田健二さん(56期・OB)です。

私自身もアマチュア時代から健二さんにお世話になったこともあったりの繋がりがあって、健太が選手を目指すにあたってとても気になっていたので応援していました。

厳しいグループに所属していたので、練習は大変だったと思いますが、努力が報われて選手になれた時は個人的にも嬉しかったです。

彼のイメージはとにかくよく競輪を見ているなという感じですね。
相手になる選手は勿論、味方の選手に対しても事細かにアドバイスやレースでの作戦を伝授したりしています。

普段の練習でも地道な努力が身を結んでG1まで出れるような選手となりました。

今期は残念ながらA級に陥落してしまいましたが、来期はまたS級に戻れますし、A級の現在もコンスタントに決勝にはのっていますのでまだまだこれからですし、先が楽しみですね。

 

 

白岩大助

屈指の知力

中田健太選手は体格的にも普段の練習におけるスピードやパワーにおいても決して優れている選手ではありません。

しかし『競輪IQ』や『追走技術』がとても高い選手です。

ちなみに『競輪IQ』とは選手のデータや心理状況、レースにおいての緻密な作戦、バンクコンディション、コース取りなど、競輪に関するあらゆるデータのこと。

とにかく凄い!

私もレースで何かあれば彼に相談させてもらったり、彼からアドバイスをもらったりすることがあります。

大きく膝を開く独特なフォーム、そしてゴール前の立ち漕ぎが特徴的ですが、それは彼のフィジカルを最大限に活かして自転車を進ませるための自身で進化させた強力な武器。

今期は2度の失格のため、久し振りにA級へ降格となりましたが、前期の最後にS級優勝した勢いそのままにA級では役者が違いますね。

8月の西武園記念では最終日の特選1着での勝利者インタビューで込み上げる想いをギュッと堪えながらも1月からA級に降格する悔しさ、それにより大宮記念を走れない分もその西武園記念に賭けてきたという強い想いが涙となって多くの人の心を打ったと思います。

リーダーとして期待

同学年には武藤龍生というライバルがいます。

武藤選手はオールスター3着を筆頭に日本選手権でも優出。

そして今や平原康多さんに代わり宿口陽一選手や森田優弥選手と共に埼玉のG1常連選手として埼玉を引っ張る存在に、そして輪界の名マーカーとしても自身の立場も確立しました。

武藤選手と共に今年36歳となる中田選手、奇しくも名マーカーの父を持ち、切磋琢磨しながらここまで戦って来た戦友の2人。

最近、ふと彼から出た言葉の中に『龍生は今や埼玉を引っ張っていく存在なので…』というフレーズが出たことがありました。

若い頃の彼からは聞いた事がない言葉、それはここまでの武藤選手を認めて、そしてリスペクトをしている証。

ただ私は中田選手には遅咲きと言われようが何だろうが、そこに肩を並べる選手になって欲しい。
そして武藤選手もそれを待っていると思います。

言うべきことは言う男

話は変わりますが中田選手には私と新井さんが支部長、副支部長となった時に支部の幹事として2年間、支部運営に協力してもらいました。

若い時から自分の意見をしっかり持ち、先輩にもハッキリ言えるタイプ。

時にそれによって人とぶつかることもあり、ここまでも私や副支部長ともぶつかる事がありました。

埼玉には『アニキ』と呼ばれる選手が幾人かいます。
後輩を引っ張っていく兄貴肌の男たちが。

彼はそんな『アニキ』の中の1人です。

時に私や副支部長に当たりの強い時もありますが、イエスマンだけの支部に発展はありません。
貴重な存在と感謝しつつも時にたまには大目に見てね笑。

埼玉の競輪にはなくてはならない存在

『中田のアニキ』

ここから彼にとっての本当の勝負が始まります!

 

 

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123話 北津留 翼『みんな大好き!ぺこぺこマン』

大宮77執念記念を制覇したのは北津留翼選手でした。
も~、ホントに腰がひくい方で、スタンドのお客さまや表彰式の舞台でもおじぎの連発。
あの姿を見せられたらだれでもファンになっちゃいますよね♡

北津留 翼北津留 翼

西武園OB 関優勝(37期)

あっぱれ!

それにしても見事な捲りだったよな。

ちょっと早えかなとも思ったけど、きれ~に前段丸呑みして振り切っちまった。後続も追っかけるのが精一杯。

まさに完勝!圧勝!

これがあるから、一発のある選手ってのは車券買う上で外せねえんだ。
もちろん、紙くずになるのも早いんだけどさ(笑)

北津留も年齢は40ってことだが、大宮を2角捲りで完勝出来る脚はやっぱり並じゃねえ。
G1戦線でも、まだまだ期待できそうだよな。

ただよ、オレに祝儀と見舞金出さずに逃げたのは人として、ちょい疑問を感じたぜ、グッヘッヘッ。

 

新井剛央

お見事でした!

東日本発祥77回大宮競輪倉茂記念杯を制したのは、北津留翼選手(福岡、90期)でした。おめでとう御座います。

レースの方は、今年からS級S班になった寺崎浩平選手に同じくS班の古性優作選手と横関裕樹選手が付く鉄壁の近畿岐阜ラインに、嵯峨昇喜郎選手と佐藤友和選手の東北ライン、坂井洋選手と神山拓弥選手の関東ライン、昨年S班だった松浦悠士選手、北津留翼選手はそれぞれ単騎で闘うレースでした。

レースの方はS級では珍しくとてもスローなレースだったと思います。
外で見てれば簡単そうにやっていると思いますが、あの一瞬の隙を見逃さなかった北津留選手が素晴らしかったですね。

前の日の落車を避けられたというのもありますし、実力は勿論、運も味方したのだと思います。

今回私は、急遽、開催指導員(選手と審判の間に入って何かあった時に対応する役割)でしたので場内には行くことは出来なかったのですが、売り上げは勿論、連日お客様が大変多く、素晴らしい開催だったと思います。
(決勝レースで先頭誘導員を務めた小沼良選手に歓声がすごくて号砲や打鐘がいつもより聞き取りずらかったと聞きました)

その中で素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた選手の方々はもちろん、色々企画をしてくださった施行者様、JKA様の方々に熱く御礼申し上げたいと思います。

今年にくくると、埼玉で行われる記念がこの後2回(3、4月)西武園競輪場にて行なわれます。

地元選手を含め参加する選手の方々の白熱するレースを是非本場にてお楽しみください。

 

白岩大助

無念、埼玉勢!

先ずは北津留選手、大宮記念優勝おめでとうございます!

埼玉の総大将であった平原康多さんが引退して初めての大宮記念、今回は10名の地元選手が参加し前検日よりとても気合いが入っていました。

ここのところ大宮も西武園も記念では地元埼玉の選手が多く決勝に乗っていたので大きな期待をしていたのですが悔しくも準決勝でその願いは届きませんでした。

この悔しさは3月の協賛ナイター記念でのリベンジはもちろんですが、何より4月の西武園開設記念が総大将の名前が冠される

『第1回平原康多カップ』

は是が非でも埼玉支部で獲ってもらいたいと思います!

それにしても北津留選手強かったですね!

元々、高校生の時からジュニア世界選手権でスプリントとケイリンで世界を制するほどの鳴り物入りでデビューした逸材ではありますが40歳を迎えた今でもそのスピードやパワーは衰えを知りません。

もちろん短距離種目がとても強く、全プロではスプリント3連覇していますが、彼が凄いのは中長距離である4km個人追い抜きでも優勝しちゃうくらいの自転車のスペシャリストなんです。

ずっとタイトルが期待されている選手ではありますが性格が優しく、とにかく欲がない(ように私は感じています笑)

なんと!?

今でも印象深いのはG1かG2を欠場していたので、後日欠場した理由を聞いたら

『ずっと出たかったマウンテンバイクの大会に出ることが出来たんです!』

って笑顔で興奮気味に教えてくれたのが忘れられません。

『ちなみに優勝したら賞金あるの?』

と聞いたら賞状と景品もらいました!と少年のような笑みで嬉しそうに答えてくれました。

欠場したグレードレース走って優勝すれば数千万円もらえるのに欲がないんだなとその時に感じました笑。

誰からも愛される存在

そして彼が選手からもファンからも愛されるのは、いつもニコニコ、驕らず謙虚!

優勝した大宮記念の表彰式の後も帰りの準備があるにも関わらず暗くなるまでずっと出待ちのファンの方への対応、そして遠くの歩道橋の上から北津留選手に声を掛けて茶化していた競輪ファンにも丁寧に対応してました。

まさに神対応!

僕自身も彼の1ファンとしてタイトルを獲ってもらいたいと願ってます!
改めまして大宮記念優勝おめでとうございました!

余談ですが、彼がデビューして間もない頃、関東の斡旋があった時の最終日に僕と同期の福岡支部の選手ともう1人同期の3人で都内で食事をする約束をしていたのですが、後輩連れて行くね!と言って当日会ったのが北津留選手でした。

焼肉食べて、その後にみんなで当時流行っていた秋葉原のメイドカフェにノリで行ったのですが、私にとっては最初で最後(きっと北津留選手も)のメイドカフェ、とても印象に残っています笑。

最後になりますが大宮記念、たくさんの御来場、そして本場に来られなくても沢山の御投票ありがとうございました!

3月、4月と西武園記念が続きますが引き続き宜しくお願い致します!

 

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