77話 斎藤和伸『本心は別?』

チャレンジ戦は、元気な若手と競走にたけた中堅、ベテラン選手たちとのたたかいです。
サイト~せんしゅ、格からいってもまだまだ負けるわけにはいきません…
…よね?

でしょ?

斎藤和伸

斎藤和伸

ハゲるなよ

ハッハッハッハッハッ!
斎藤~、オレも気持ちはよ〜くわかる!

先行のケツ無風でまわって差せなかった時なんてやっぱくやしいもんなぁ…
そりゃ、どうにもなんねえくらい力が違う相手の場合は仕方ねえけど、度々顔をあわせるようなヤツの時なんてのは特にな…

わら人形でも作って呪いかけたろかなんて思うこともあったよ。

先行のケツを取り合う競輪の時代に

「マーク屋は2着で勝ち」

なんて言葉もあったけど、競走形態が変わっちまった今はマーク屋稼業もさらに厳しくなってきてるもんな。

けどよ、その状況状況に応じて知恵働かせられるかどうかってのも勝負の一つ。
競走に関してだけでなく、身体、道具、人間関係…

競輪ってのは、ある意味頭脳労働だかんな。

歳とともに落ちていくものもあるけど、頭の方はまだまだ維持、成長も可能。
落ちてくものだって頭を使えばカバーもできるし別の形で鍛え直すこともできる。

聞くところによると、そういった面に関しちゃ斎藤はなかなかのもんなんだって?
研究熱心で結構頭使ってるそうじゃねえか。
結局そういうのが長持ちに繋がってくんだよな。

オレも現役時代さんざんモノ考え過ぎたせいで頭の毛はきれ~さっぱり無くなっちまったけどさ
ハッハッハッ…

斎藤!
脚の方はまだまだ上で活躍できる力を見せてんだから、ハゲないように注意してがんばれよ!

センセェが現役時代に頭つかってたのって
パチンコやマージャン
ボートやオートやおウマさんのことでしょ?

アホ!
「競り」とか「中割り」にだよ…

白岩大助

夢をあきらめず

齋藤選手は高校時代、自転車競技部に所属し夢の競輪選手か大学進学も考えている中、夏休み中のロードレースで大量落車に巻き込まれて、右膝の靱帯断裂してしまい、ギブス3ヶ月の生活で自転車を諦め就職しました。

しかし競輪選手になる夢を諦められず脱サラ、当時まだ年齢制限があり最後1度切りのチャンスを掴み競輪選手になりました。

同じ練習グループで歳も2つしか変わらない後輩なのですが、彼の努力を近くで見ていたので彼の合格は本当に嬉しかったです。
そしてとても刺激を受けました。

大きな支え

当時、既に結婚し家庭を築いていた齋藤選手。
奥さんが彼の夢を理解して応援してくれた事が1番のターニングポイントだったのではないでしょうか。

そして奥さんが鍼灸やマッサージの資格を持った治療家さんだった事が大きな支えになったのだと思います。

さらに彼はトレーニングや栄養学を勉強するのが好きでとても高い向上心を持っています。
まだまだS級にカムバック出来るポテンシャルとモチベーションがあります!

新井剛央

ゴハンもパンも大キライ?

斎藤くんのイメージは、とてつもないストイックなイメージです。

少し前の話になりますが、久しぶりに会ってめちゃくちゃ絞ったなぁって思ったんですよ。
そこで彼に話を聞いたら、筋肉を作るために86キロから90キロまで増やして、その後一気に72キロまで落としたそうです。

自分は、5キロ増やして5キロ絞ってくらいはやったことありますけど、あまりにも凄くて開いた口が塞がらない状態でした(笑)

keirin.jpの彼のプロフィールを見ると好きな食べ物は鶏のササミやプロテインとあって、嫌いな食べ物は糖質とあります(笑)
なんとなく想像できますね。

今期は、チャレンジで走っていますが、そのストイックさがあれば、まだまだ上位で活躍出来る足も十分にあると思います。
自分も少しは身体のことを見習って頑張りたいですね(笑)

じつは白岩支部長、競走中のアクシデントで現在負傷欠場中なの。
ホントに心配。
一日も早く回復されることおいのりしています。
そして、また3人でがんばろうね!

オレは?

いま、追放をしんせ~中だから…

裏話はこちら

76話 女屋文伸『イチバンのよろこび』

ふう~~ううう…
それにしても最近のウイルス感染者数の上がりぐあい、ホントすさまじいったらありゃしない。
そして、不便な毎日のくりかえし…
でも、やっぱりなにかによろこびを感じながら生活したいですよね…

女屋文伸

女屋文伸

グッヒッヒッ

グッヘッヘッヘッヘッ
おい、あたり!

女としてのよろこびや快感ってなんだよ?
グヘヘへへ~

えっ⁉︎

そ、そ、それはも~……

じょ、女性の地位こ~じょ~とか
男女びょ~ど~社会のじつげんとか…
かな(大汗大汗大汗)

ドッハッハッハッハッ!

バカ…

1999年7の月…

まっ、たしかに1着にまさる快感はねえやな。

たとえ敗者戦(まけせん)でも1着は1着。
帰るときの気分も違う。

ところで、女屋は1999年8月のデビューなんだな。

「1999年7の月に人類は滅亡する…」

なんて、当時、ナントカカントカの予言ってやつがあったけど、滅亡しなくて良かったな。

しかも、直後デビューでそのまま23年…?

83期ってのは、ある意味強運なのかもしれねえなあ~
グハハハハ!

で、その間、現役20年は折り返し地点って言いたくなるほど選手の能力も肉体も上がってきた。

だから女屋、ケガだけは気をつけて、ぜひ30年越え選手を目指せよ。

「もしおまえがそれに到達しなかったら、2029年、8の月に人類は滅亡しちゃうぞ!」

 

むかし、そんな予言なんてあったんですか?

ハッハッハッ
ノストラダムス(仏/1503~1566)ね…

当時は、けっこう流行った…
というか話題になったねえ…(笑)

たぶん83期の連中なんて、ほとんど自分たちが選手としてデビューできるなんて思ってなかったんじゃねえの…
選手になる連中ってのはおめでてえのが多いから

女屋~!
あらためて言うけどさ
「もらった命みてえなもん」
なんだから、どんどんいけるぞ!
グヘヘへへ~

女屋さま…
ハゲのバカばなし
もうしわけありませんでした…

新井剛央

一にも二にも乗り込み!

女屋さんのイメージは、ダッシュを活かした捲り、カマシ先行ですね。

いまはさすがに自力よりは人の後ろを回ることの方が多いですが、イメージとしては、どこからでも捲れるっていう印象がありますよ。

身長は小柄なのですが、高校時代のラグビーで鍛えた脚はとても太く詰まってるなぁって感じです。

最近は自分と一緒にウエイトトレーニングをすることもあるんですけど、ものすごい重量もあげるのかなと思いきや意外とあがらないんですよね(笑)

まぁ、女屋さん自身がウエイトトレーニングっていうよりは、街道練習を中心とした乗り込みでコツコツ脚をつけているタイプだからですね。

お世話になりました

何年も前ですが、地元西武園で女屋さんに捲ってもらって1着取らせてもらったことがあります。
同乗したときは、

「任せてください」

とは中々言えないですが、ちゃんとお返しはしたいですね。

女屋さんには、あまり重いもの持たせないよう気をつけないといけませんね(笑)

賞金袋だけは、他の連中同様少しでも重たい方持ちたがってんだけどな

白岩大助

街道稼業

女屋さんといえばやっぱり脚の太さですね!

とても太くパワフルなイメージがありますが、重いギアよりも軽いギアを使って凄い回転を繰り出し、若い時は先行、捲りでS級でも活躍されました。

ダッシュタイプですがバンクでのスピード練習では無く、街道練習でじっくり乗り込むスタイル。
練習グループの先輩方が引退され、今は基本的に1人で練習されています。

私は今はめったに街道練習に行く事は無いのですが、たまに乗り込もうと思って街道練習に行くとほぼ必ず同じ時間帯に女屋さんとすれ違います。

1人練習はモチベーションの維持が大変で私には難しいところですが、ずっと続けていられるところを尊敬しています。

最近はバンク練習に来られる事も増えましたが、今も持ち味のダッシュ力は健在です!
ここ数年は骨折などの怪我で苦労されていますが必ずS級に復帰されると思います。

街道は安全が命

余談になりますが、支部で幼稚園の交通安全教室に携わらせて頂くことがありますが、女屋さんが車の役をやって下さり幼児たちを大変喜ばせてくれてます。
なくてはならない存在です。

コロナが落ち着いたらまたお願いしたいと思います()

オレも街道中心だったな~
で、街道で何より注意しなきゃいけねえのは事故…
街道で生きてきた男が安全教室に携わるなんて
まさに適材適所だな

それにしても、客には人気のない女屋が園児たちには大人気か…
女屋、よかったな!(笑)

かなしい事故が少しでもなくなるように
選手のみなさんたちががんばってくださるのって
ホントにすばらしいことですね

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