53話 清水裕友『新KPK?』

【はじめに】

現在、国内外では新型ウイルス関連による混乱状態が続いています。

一日も早い事態の終息を願っております。

このような状況下でありますが、当ブログは普段通りのスタイルで制作させていただきたいと考えております。

よろしくお願いいたします。

田中誠


あたりです♡♥♡♥

いよいよタイトルホルダーとなった清水裕友(105期・山口)選手と、先日ひとっぷろ浴びてきました=(^.^)=

未来の大スター候補は、未来の競輪プログラム改革(KPK)についても、とてもいいかげんに語ってくれました:;(∩´`∩);

清水裕友 清水裕友

※今回の漫画原稿、実は2月上旬にはほぼ完成させておりまして、その後まさかこのような事態になるとは想像つきませんでした。
現在の状況下ならプログラム改革案というよりウイルス対策案といったオチにする方がしっくりきたかもしれませんね(作者)

全日本選抜は、松浦悠士(98期・広島)のカマシに乗った清水裕友(105期・山口)がG1初優勝。

脚力だけで勝負をする競輪もいいんだけど、鉄砲玉や露払いを演じる選手も混ざって競う競輪がオレはやっぱり楽しめるな。
何よりドラマがあるしさ。

なぜ犠牲的な走りをする選手がいるのかって不思議に感じる競輪初心者もいるかもしれねえけど、理解しちゃえばそこが一番面白えとこだと思うんだ。

前で引っ張るのも、後ろを守るのも最終的には己の明日のため。

今回、お前らには、前で駆けていた頃の思い、マークで走るようになった現在の思いなんかを聞かせてもらおうかな。

白岩大助

今思うと、前を走っていた時の競輪はどちらかというとKEIRINという感覚でした。

それはラインの先頭として走る上で基本的に敵は別線の自力選手。

スピードとパワーと駆け引きによって勝ち負けが決まるレースというのは私にとってそれは競輪よりもKEIRIN

もちろん、後ろの選手への想いを込めながら走るレースもたくさんありましたが、まずは自分がラインの選手達を連れて行くために、そしてラインとして勝つために、そのような想いで走っていました。

しかし追い込みになってからは、それが変わりました。

KEIRINから競輪へ。

より奥が深いものになりました。

自分の勝利の為に走るのは当たり前の事ですが、追い込みになって改めて前を走る選手、そして後ろを固めてくれる選手の事も考えながら走らなくてはならなくなりました。

番手には番手のやるべき仕事、3番手には3番手のやるべき仕事があります。

先頭で走るよりも地味な事もありますが、とても大切な役割分担があるのです。
そしてスピードやパワーに加え、追走の技術も並走のテクニックも要求される奥の深いものになりました。

自身が追い込み選手になってから、ようやく競輪選手になる事が出来たという感じです。

これからも自転車を降りるその日まで競輪選手として走らせて頂きたいと思います。

新井剛央

自力でやっていたときは、同県、他県問わず後ろについてくれた選手には結構覚えていただいてます。
良くも悪くもですが…

前に世話になったからっていうので競走得点がその方よりなくても前を回してもらったりしたことがあります。
責任は重大になりますが、いい緊張感でレースすることが出来ました。

いまは誰かの後ろを回ることがほぼですが、基本的に自分も競走得点だけではなく、ラインを組む子の話を聞いた中で考えるようにしています。
単純に世話になってるからではなく、後輩を育てる意味でも前を回すことによってそのレースに対して何かを学んで次に繋げてもらいたいという気持ちがあるからです。

そんな人情的な部分も競輪の醍醐味だと思います。


中々推理としては難しいと思いますが、競輪の面白さの一つとして楽しんでもらいたいですね。

あたしの競輪初体験は幼稚園のころでした。
でも、ぐーんと興味をもちだしたのは小学生のころ。

父が、
「あたり、競輪ってのはな、学校の運動会みてえなもんなんだぞ!
(かけっこ)とか個人で一等、二等を争うもんもあるけど、最終的には紅組白組どっちが勝つかだろ。
どのクラスが勝つかだったり。
競輪も同じ。

それぞれの選手が仲間を作って、みんなで協力しあって金儲けしようって競技なんだ」

あたし、そ~ゆ~ふうに聞いた瞬間、なぜかドキドキしちゃいました。
クラスのみんなでいろんなことしたりするのが大好きな女の子でしたから♪☆★♬☆★♪

それからというもの、どの選手とどの選手が仲良しなのかみたいなこと、父にさんざん聞きまくりました♪( ´θ`)

http://www.gamble-racer.com/53h-shimizu/

52話 平原康多『3度目の登場ಠ_ಠコ〜タのばか!!!』

みなさま、こんにちは=(^.^)=
あたりです

あたし、今なやんでるの…
タナカセンセェから送られてくるマンガ原稿のこと!

なんなの((((;゚Д゚)))))))
今回のラストのコマ!(◎_◎;)

事務所でジョ~シやド~リョ~たちに原稿データのぞかれ大爆笑されちゃったんだから\\\٩(`^´)۶////
ウソ描くのだけはホントよしてもらいたいです!!!!!!!!

平原康多 平原康多

大宮記念は地元、平原が優勝。
あいつも、これからはますます年齢との戦いってのも出てくるだろうけど、まだまだ地区のリーダーとして頑張ってもらいたいとこだよな。

さて、今回お前らには、改めて、平原って男は埼玉にとってどのような存在かってのを語ってもらいてえんだ。

地区に、長年タイトル戦線を走ってきた人間がいるってのは、他の選手たちへの影響も含めとても大きかったと思うんだ。

と同時に支部長、副支部長として、今後、平原には地区のためにどんな存在になってほしいか、あるいはどんな期待をしたいかを聞かせてくれや。

まずは、平原選手、大宮記念優勝おめでとうございます(祝祝祝!!!)

地元の総大将としてプレッシャーのかかる中これで7度目の大宮記念優勝でした。
本人の実力ももちろん、寒い中本場に足を運んでくださったファンのみなさんのおかげで最高の締めくくりが出来たと思います。
応援してくださった皆さん、ありがとうございました。

どんな存在になってほしいかっていうのは難しいというか、すでに選手の憧れになっていると思うのですが、競輪のトップスター選手としていろいろなところを見られていると思います。
以前本人が話していた、日本選手権で優勝したいという目標を達成出来るようにこれからも努力精進してもらいたいです。
そして、第二の平原康多を育ててもらいたいですね。

平原康多選手は10年以上に渡り埼玉支部をそして競輪界を常にトップとして引っ張って来てくれました。

それは彼の実力はもちろんのこと、ファンの方々から愛されて続け、そして選手からも応援される人柄であると言うことが大きな理由なのではないかと私は思います。

今、埼玉支部では勢いある113期生をはじめ、平原選手の位置へ登りつつある若手選手が多く出て来ました。
そして期待される選手達がまだまだ出てきます。

選手として強くなる事は当たり前の事ですが、愛される選手となるためにそう言う部分も平原選手から学んでもらいたいですね。

そして平原選手にはこれから前を任せられる若手選手を育ててもらいつつ、少しずつ追込み選手へシフトしながらまだまだタイトルを狙ってもらいたいと思います。
1人でずっと引っ張って来たので、これから精神的にも肉体的にも楽になってもらいたいですね!

大宮、西武園で警備などのお仕事なさっている選手OBさまたちの中に、築地孝修(29期)さんという方がいらっしゃいます。

ったく、このオヤジときたら現役時代から酒とバクチばっかやってて、
「ホントにも~、ろくなもんじゃなかった」
そうなんですけど、平原康多選手のお父さま、平原康広(28期・OB)さんと、とても親しかったそうなの♡♥

28期といえば、「世界に誇る騒音機」OB桜井久昭センセェもいっしょの期♥♡

同じくなかよしだったそうです。

でさあ~あ、ツキジのオヤジときたらさぁ~、場で、あたしの姿見かけるたびに、
「おいおい、あたり!オレはな~、コ~タなんてあいつが生まれる前から知ってて、チビの頃はよくオレにまとわりついてきてたんだぞ~グヘヘへへ~」

ど~して生まれる前から知ってたのか、ちょっとよくわかりませんけど、とにかくいつも平原選手の話をうれしそ~にしゃべるの♪()♪

「オヤジが東京登録だったんで、コ~タがデビューする時、東京にさせるかなんて話もあったんだぜ…」

な~んてビックリするお話も聞かせてくれたり(*^ω^*)

平原選手が東京所属だったらどうなってたんだろ…
他にはロクな選手いないし…

やだ~ん、も~:;(∩´`∩);:

とにかく平原選手、おじいちゃん世代の地元OB選手さまたちにとって、とってもカワイイ男の子だったようです♡♥♡♥

親愛なるみなさま〜!

フッヘッヘッ
築地さんか…
このオレが言うのもなんだけど、確かにあの人ろくなもんじゃねえから!

親愛なる皆さんさ、大宮や西武園に来れば本物の築地さんを見物できるから、ぜひ場に足を運んでみてくれや。
話かけりゃ仕事そっちのけでくだらねえ話いっぱい聞かせてくれるはずだからさ。

そうすりゃ、どう、ろくなもんじゃねえのかすぐわかるぜグヒヒ…

現場で職員にでも、築地さんてどの人って聞きゃすぐ教えてもらえるよ。

職員のほうだって、ど~せ築地さんに真面目に仕事してもらいてえなんてカケラも思ってねえだろうからさハッハッハッ

ところで、タナカ!
お前、築地さんがらみでなんか面白い話あるか?

いっぱいあるよ!
でも、築地さんの話はまたいつか…
例によって話が長くなっちゃうし、じいさま世代OBの方達のことを話すとしたら、何よりまず桜井さんのことから話さないとダメだから。
なんでかって言うと、年齢的に自分よりはるか上の世代の人とも面識を持てるようになったきっかけって、やっぱり桜井さんの存在が大きいから。ってなわけで、オレと桜井さんの話をするね。


桜井久昭氏(28期・OB)最初に桜井さんと接点ができたのは25年くらい前かな…
その時たまたま引っ越してきて住んだ家が桜井さん家から徒歩10分くらいのとこだったの。
もちろん、あんなつまんねえ所に大選手の桜井さんが住んでるなんて知るわけないから知った時には驚いたのなんの。
オレ、早速、桜井邸見物に行ったもん。
(すげ~え~!これが、あの桜井久昭選手の家か~)
(口同様に、でけえ家だなあ…)
出走表に載ってる名前と同じ名前の表札に結構感激したの覚えてるよ。

でさ、新しい引っ越し先は、西武園競輪場からもそれほど遠くない場所だったので、西武園クラブの花見や忘年会なんかにもちょこちょこ参加させてもらうようになったんだ。
あと、現役時代の桜井さんが毎年自宅で行なっていた新年会にもお呼ばれするようになってね…
そこで、築地さんとかOBのおっさんたち(当時ね。今は皆じいさん)と親しくなれたりしたのかな。
とにかく桜井さんは明るくって、おしゃべりで、出しゃばりな人だから、頼みもしないのに色んな人たちにオレのことを紹介して話を繋いでくれるんだ。
当時、オレの顔を知ってる選手や関係者なんてほとんどいなかったからね。
(事情を話すと長くなるから、これも省略)

ちなみに、桜井さんとこの新年会は毎年強制出頭。
オレだって、その頃はバリバリの現役でかなり時間に追われる生活してたのに、いつも年賀状で「今年は1月○日にやるから来るように!」
こっちの都合は関係なし…
でも、光栄は光栄だったね。
大選手の桜井さんに呼びつけられるんだもの…

さてと、そいでね、その頃は、桜井さんにとにかく怒られたの。
お前は、あ~だのこ~だの…
人の顔見りゃすぐ説教。
胸ぐらつかまれるなんて、も~しょっちゅう!
(どんなことで怒られてたかは、また次の機会)

でね、これもいつの時だったか覚えてないけど、もちろん桜井さんが現役時代の話ね。
ある日、何かの用事で西武園の道場に顔だしたの。
で、桜井さんもいたんだけど、いきなり…
「バカヤロてめえ!
ボケ~ッと突っ立ってねえで雑巾掛けしろ!」

…えっとさ、西武園の道場って西武園クラブの選手たちが使ってるトレーニングルームみたいな場所なのね。
一方オレは、選手には憧れの気持ちを持っちゃあいたけど、選手でもなんでもないただの漫画家。
すなわち、外部の人間。
もちろん、それまでに何度も西武園クラブの行事には参加させていただいてたけど、当然参加者は、みんな現役選手かOB。
関係者の方が混ざることもあるけど、基本的にはオレだけが外部の人間。
だから、ほとんどの皆さん…
というより、ほぼ百パー、オレに気を使ってくださるの。
よそ様に対するような…

こちらはこちらで、やっぱり遠慮ぎみにしてたところがあって。
同じく、よそ様のお宅にお邪魔してる…
みたいな…
そんなんだから、多少寂しい思いも持ってたのね…
(所詮オレはよそ様…)
なのに、いきなり
「雑巾掛けしろ!」
のセリフ。
(えっ、な、なんで???)
って気持ちと同時に、なんか、も~結構うれしくなっちゃってさ。
(後輩選手たちに対するのと同じように扱ってくれた!)
(仲間みたいに思ってくれてんのかな…!)
なんて…
もちろんオレの方も、桜井さんに対しては同業者ではないんだけど、プロって名のつく商売やってるもの同士ってことで先輩後輩みたいな気持ちにはなってたんだ。

40歳を過ぎた頃には、
(一回り上の桜井さんが現役続けてるうちは、オレもまだまだ大丈夫。順番からいっても先にクビになるのは桜井さん…)
な~んて風に思ったりもしてたし…
(桜井さん、ゴメンチャイ)
そういうメンタル的な部分では、桜井さんが誘導員みたいな存在だったのかな。
後年、桜井さんが引退となった時、周り見わたしゃオレがほぼ現役最年長。
(オレは漫画家で他は競輪選手なんだから当たり前なんだけど)
まさに先頭交代で、風がいきなりビュービューと思い切り身体中に吹き付けてきたように感じたね…
(やべえ、順番からいって次はオレだ…)

話が長くなっちゃったから思いっきり省略するけど、もう14~15年前になるのかな、色々あって『ギャンブルレーサー 』やめちゃおって決断した時のこと。
競輪もやめちゃおうかなって悩んでいた時期でもあったので、オレとしちゃ、ちょっと深刻な口調で桜井さんに話したの…
「もう、連載やめちゃうんで…
西武園クラブにも色々お世話になりましたけど…」
そしたらさ、
「そうか…
だったら今度はOBとして出入りしろ!」
(えっ⁉︎
(えっ⁉︎
(えっ~…⁉︎
(オ、OB~~~…⁉︎
(ひょ、ひょっとしてオレを西武園クラブの選手たちと同じように思ってくれてたの~~~……⁉︎
も~さ、オレにとっちゃ一生忘れられない言葉だったね…
こんな感激ないってえの!

選手でもなんでもない、このオレがさ…
本当に嬉しかったし、なんか報われた気もしたんだ。
競輪を一所懸命描いてきたってことに対して…
夜、一人でこっそり泣きました…(ウソ)
…まっ、とにかくさ、
「雑巾掛けしろ!」
「OBとして出入りしろ!」
この二つの言葉のおかげで、その後は現役の選手はもちろん、選手OBの皆さんとも本当の意味で親しく言葉をかわせるようになったと思ってんだ。
と同時にさ、その後けっこうな期間、競輪と離れていたオレなんだけど、この言葉のおかげで「ご縁の糸」が完全に切れず、またこうして競輪の世界でお世話になれてるのかなとも思えちゃうんだよね。
(桜井さん、どうもありがとう!)

ちなみに、桜井さんの近所には四年くらい住んでたんだけど、しょっちゅう怒られるのがうっとおしくて、また引っ越して逃げちゃった。
でもさ、今はまた、しょっちゅうオレん家に酒飲みに来て相変わらず怒るの。
「お前ってやつは…!!!」
あ~だの、こ~だの、ブ~スカ、ブ~スカ……
オレも、もういい歳なんだからたまには褒めてもらいたいっすよ…
ったく…
今度会ったらさ、
「タナカ!お前は偉い!」
って、一度くれえ言ってみろってえの…!

しかし、お前の話も本当に長いなあ…
途中で寝ちまったよ…

タナカセンセェさあ…
「築地さんたちOBの方と知り合えたきっかけは、桜井さんが紹介してくれたから!」
この一言だけで、話済みません?
あたしもいっしょに寝ちゃったよ…
ふう…

はい!
というわけで、今回もブログ全体にわたってフェイクがちりばめられておりますことをオワビしておしまいにしまーす♡♥♡♥
アーメン♪( ´θ`)ノ

51話 佐藤慎太郎『いよっニッポンいち!』

そういやも~遥か昔、佐藤慎太郎だがなんだかが43歳にしてGPかすめ取ったことがあったんだってな?
去年の暮れなんてあまりに古い出来事なんで、オレはも~忘れちまったよ…

佐藤慎太郎 佐藤慎太郎

GPは新田のイン粘り、佐藤の中割りっちゅう、なんか懐かしい感じの展開で終わったけど、お前らが初めて見たGPっていつ頃?
もちろんまだ子供だったんだろうけど何か思い出があったら聞かせてくれや。
もしくは歴代のGPで特に印象に残ったレースってのでもいいぜ。

ちなみに、昭和60年の第1回GP当時、オレは27歳くらいだったかな、もちろんバリバリの現役で、1着賞金1000万のレースが新設されたって話を聞いてそりゃも~心躍らせたもんでさ。
客たちの間でも「一千万一発勝負か、こりゃおもしええ!」なんて結構話題になって、選手、客共にワクワクして当日迎えたって記憶があるよ。

ただおもしれえことに、成功するかどうかわからねえって理由からか開催地として手を上げる場が出てこなくて、最終的に立川が一か八かで引き受けたってんだから、今じゃ考えられんことだよな。

んで、あのレースはもちろん地元東京勢が取りに行ったんだけど、最終的には中野(浩一/35期・OB)さんに持ってかれちまってさ…
あの頃は確か「中野の時代もそろそろ終わりだな…」みたいな声が上がり始めてた時で、だからなお一層「でかい金のかかった時の中野さんはやっぱ強えなぁ~」って改めて思わされたりしたもんでさ。

で、あれを契機にってわけでもねえんだろうけど、中野さん復活して、その後数年、最後の荒稼ぎとばかりポンポンタイトル取ってたっけ…

まっ、とにかくさ、一度でもいいからオレもGP走ってみたかったよ!

僕が初めて観たGPは1997年の立川GPです。
前座の阿佐田哲也杯で、埼玉の太田真一(75期)選手が雨の降る寒く重い立川バンクを先行逃げ切りで優勝したのを目の前で観ることが出来ました。
埼玉にこんな凄い選手がいるんだなぁ!と強く感動しました。

そして、その後のGPでは山田裕仁(61期・OB)選手が優勝。
当然GP選手達の走りは凄かったのですが、それ以上に印象に残っているのは、太田さんの投げたヘルメットを運良くキャッチしたお客さんが皆んなからボコボコに蹴られていたり、山田さんの投げたユニフォームは沢山の人に引っ張られてビリビリになっていたのをゴール線前のスタンドの直ぐ隣で見てしまいました。

そしてこれから自分はこのような世界に入っていくのかと少し恐怖を覚えた記憶があります()

その他、テレビ観戦でしたが太田選手の先行逃げ切りで優勝した1999年の立川GPは忘れられません。
そして2018年の静岡GPで落車し歩いてゴールを目指した平原康多選手への大声援には現地で観ていて鳥肌が立ち泣きそうになった記憶があります。

自分が初めて見たグランプリは1999年の立川グランプリです。

自分は選手を目指し、初めてピストレーサーに乗り始めたのが、2000年の1月からだったので、太田真一さんの先行逃げ切りのレースはとても感動しました。
グランプリではありませんが、小さい頃からよく父親のとった日本選手権はビデオで何回も見ていましたね。

最終4コーナーを回って先行しているのにケツを上げてもがいている姿は自転車を始めてさらに衝撃を受けました(笑)

ちゃんと答えるとトシがバレちゃうからイヤなんだけど、あたしにとって印象ぶかいのは、2002、2003年の山田裕仁選手のグランプリ連覇♡

小学生のころでしたけど、あたし、も~コ~フンしまくりました♡♥♡♥

GP二度目の優勝だった立川で「すご~い!!!カッコイイ~~♡」
ってキュンぐるいしちゃったあたしは、つぎの年の京王閣も山田選手から買ったの!
その年も山田選手はすごく強くて大活躍だったから。

それでも、父は「連覇連覇の山田ったって、GPまで連覇ってのはさすがに…」って押さえくらいの狙いにしてて、だけど、あたしは貯金してたおこずかいのほとんど使って山田選手から流して取ったの…(΄◞౪◟◉`)

ホントにホントにうれしくって泣いちゃったのおぼえてます♡♥♡♥

ところで1997年、山田選手初優勝の時の立川に、ロック(白岩支部長)ちゃんがいたなんてビックリΣ(・□・;)
もちろんあたしも現場にちゃんといたし、人間っていろんなところでつながっているものなんですねフフフ(*^ω^*)

お前、小学生で車券買ってたのか?

(汗)も、もちろん父や母にたのんでですよ(^_^;)

なるほど、お前の親父とお袋は小学生の娘を相手にノミ屋をやったと!

ちゃんと買ってもらいました!!!
あたし、車券にぎりしめながらみてたもん(● ˃̶͈̀˂̶͈́)⁾⁾

センセエ!あたりのもしもし

おいおい、あたり!
ところでさ、佐藤慎太郎のところに連れてった、お前の同窓生の洗濯屋…
じゃなくって宣伝屋のねえちゃん、1P目と2P目じゃやけに顔が違うな…
貧相で疲れ切ってて、いかにも金に縁のなさそうなツラが、いきなり縁ありそうなツラに変身してんじゃん。

そりゃあバッチリお化粧していきますから(*^ω^*)

だけど、まるっきり別人だぜ。

別人になれなきゃお化粧する意味ないじゃんΣ(-_-)
女の子はね、変身を楽しむいきものなの♪()♪
自分のためにもね♥♡♥
井上英里香さんなんて、も~すごいのよ!
別人なんてもんじゃないから!(◎_◎;)
け~りん選手は、きれ~な女の人に弱いからねフフ(*^ω^*)

そりゃ、ドブスに何か聞かれたって口開けるのさえめんどくせえからな。
ただ、美人相手だと
「明日は並ばれたら引いちゃうから…」
な~んて本音のコメントだってしちゃいかねねえから大変は大変なんだハッハッハッ

あ~あ…
やっぱり、そうなんだ(΄◞౪◟◉`)
あたしも、お化粧がんばろ~!

あっ、そ~だオイ!
忘年会の時によ、西武園クラブの若い衆たちと色々話をしてたら、意外な事に彼女募集中ってヤツが結構多かったんだ。
おもしれえからためしに好みのタイプを聞いたのよ。
そしたら、ほとんどのヤツが美人タイプよりかわいこちゃんタイプがいいんだって。

ただよ、所詮は自分が並以下の選手だから、外見は、ごく普通タイプだったらそれだけでも丸儲け、女優やモデルみてえなのは現実的じゃねえから考えたこともねえんだと…
昔の選手は美人狙いの方が多かったような気がするけど、時代とともにそういうのも変化しちまうんだな…
んで、普段の生活も、プロ選手らしく多少はハデにってより、質素に地味にって方がいいってんだからホントにも~…
そんなんで、競走の時、大ガマシに行こうとか、大競り外競りガンガン行こうなんて闘志が湧いてくるのかなとも思っちまうんだけどさ…
まっ、つまりはお前レベルでいいってことなんだろうけどよ…

い~じゃん!い~じゃん!
あたしは、ふつうにうれしいですよ♪( ´θ`)ノ
今の時代はさ、あたしたち女子だって、けっこう地味~になってるもん。
男の人に高い条件出したがるのって、女性でもやっぱりセンセェたち世代の人の方が多いんじゃないのかな。
でも、365日地味っていうのはちょっとつらいけどフフフ…
でもでもフ~ン…
西武園クラブ独身軍団か…
もしあたしがメンバーの人たちと結婚するとしたら、それぞれにこんなイメージ感じちゃうな。

ナイト~くんは「ムッツリだんまり」パパタイプ…Σ(-_-)
エイトくんは「テキトー、なんでもOK」パパタイプ…( ゚д゚)
カイトくんが「好き勝手、どこ行っちゃうかわかんない」パパタイプ…(*^ω^*)
シュンくんは「関白パパで、きちんと生活しましょうね」タイプ…(΄◞౪◟◉`)
で、オ~ヤくんが、「なんとな~くどこにでもいる普通パパさん」タイプ…(*^_^*)って感じかな…
じっさいは、ぜんぜんちがうかもしれないけどさアッハッハッ…
でも、センセェの時代の選手さんたちとちがって、みなさん彼女さんとか奥さんにいばりちらしたりしなさそうで、その点はちょっといいかな…
ん?
あ~いっけない!!!
この電話、読者の方に盗聴されてるんですよねΣ(・□・;)
バラしちゃった…(汗)

ハッハッハッんなもん関係ねえ!
でもよ、内藤(高裕/96期・東京)は、一見好青年風だけど、他人様に興味を示さず部屋の中でコソコソ通帳でも眺めてそうって雰囲気もあるべ…
競走のスタイルだってよ…
もしくは爆弾か人形でも作ってそうな…
ニヤニヤ薄ら笑い浮かべて…
あ~ヤダヤダ!
で、樋口三兄弟の次男(樋口瑛土/109期・東京)はというと、重みがなくて気楽に笑いながら付き合えそうなイメージの反面、お前の言う通り、見た目的には、ちょっと目を離すと糸の切れた凧のごとく簡単にどっか飛んでっちゃいそうな雰囲気はあるな…
でも、何食わせても死にそうにない顔してっから家計は安くすみそうだな…
三男は三男(樋口開土/113期・東京)で、近所の悪ガキ同士で駄菓子屋の前にたむろして買い食いしながら悪いこと相談しつつ、おまわりの姿見かけたらサッと逃げる、っつう顔つきいまだにしてるべ。
いまやプロの競輪選手だっつうのにさ…
でも、そういうのって女の側からすると、かえってかわいく見えたりするのかな?

アッハッハッ
中学生くらいまでだったら、そうかもね♪()♪

浅見(隼/115期・東京)は、いかにもスポーツマンって雰囲気で男らしさや頼り甲斐みてえなのを外見からは感じさせるけど、こういうのに限って、かみさんに全て言いなりって最悪なパターンなる可能性を秘めてたりすんだよな。
師匠の広田(邦靖/46期・OB)が、そうじゃんな。
違ったっけ?
そいから大矢(崇弘/107期・東京)だってよ、普通~っぽく見えるやつに限って普通じゃねえってのは世の常だろ。
確かに、路地裏で子供とキャッチボールでもしてるような姿が似合う顔つきなんだけどさ。
それだけに怖ええんだよ…
あ~本当にどいつもこいつもやだな!!!
ところでお前、この中で結婚するとしたら誰選ぶ?
彼氏でもいいけど…

………(´・Д・)」

※お知らせ

5人組イラスト
当サイトでは上記各選手のオークション販売を近日予定しております。
開始価格は各選手、直近の競走得点となります。
商品品質には万全を期しておりますが、念のため立川競輪ホームページ東京支部選手一覧にて実物写真等ご確認くださいませ。(特に顔写真を!)

親愛なるみなさま〜!

あのさ~、こないだの大宮記念、あたりの働きぶりや、場内の様子でも見ようと思ってマンガ屋のタナカと行って来たんだ。

で、今回その話をしようと思ったんだけど、記事がけっこう長くなっちまいそうでさ。
だから、2回に分けて、次の分は30日に番外編って形で追加更新するからよろしく頼むな。

もし、今もう寿命が来ててやばそうだってんなら、遠慮なくあの世行ってくれてて構わんからさ。
いい歳こいて、こんなブログ読んだって余生で得になるこたあ何もねえから!

てな訳で、今回の分な…

それにしても、あたりのバカには本当あきれたね。

記念競輪ってことで各地から視察や来賓が集まってくるらしく、職員や関係者は応対、接待で連日大変らしいんだ。
でもよ、365日発情期のあのオカメインコ、副支部長の新井がチャリティーで場内に入った三日目、四日目は、所長とかにバレねえように普通の客っぽく変装して選手会埼玉支部のブースにちょこちょこ足を運んで新井にねっとりしがみついてたそうなんだ。

オレたちは、場内で新井やあたりの姿を発見することはできなかったんだけど、ブースにいた相川巧(98期・埼玉)が、「さっき面白いものを見ましたよ」って、オレに声かけてきてさ…

1時間ほど前に突如、超厚化粧でコート羽織ったあたりがやってきて新井にまとわりついたんで、相川がからかって声かけたんだと…

「新井さん、い~すねぇモテモテで!
今日だけで、も~何人女の子来ました?」

それ聞いた瞬間、あたりは、も~半狂乱になって新井を無理やり関係者用の建物に引きずり込んで隔離しようとしたんだって。

それ聞いて、おもしれえからオレもちょっと関係者用の建物にOB特権で入ってみたんだ。

ひょっとしたら新井、縛られて拉致されてんじゃねえかと思ってさ…

そしたらいたよ、あのバカが!
新井の姿はなかったけど、普通に制服っぽいスーツ姿で、素知らぬ顔で県の職員たちと何やら話しこんでやんの。

たしかに分厚い化粧で、いかにもってツラで…

あれ?
でも、オレが小学生の頃テレビでやってるモノクロ映画で見た、うんと若い頃の芦川いずみや酒井和歌子…
加賀まりことか浅丘ルリ子…あんな風な顔立ちにも、ちょっと見えるな…

リアルタイムの女優やアイドルの名前が全然わからねえから、昔の女優で例えるしかねえんだけどさ…

ただよ、そもそもあいつの土台がそんなわけねえし、普段はこんな風なツラには見えてねえから、やっぱ化粧の力ってのは凄まじいんだな…

でも、今日のこのツラで迫って来られたら、新井もちょっと気の毒だなグヘヘへへ…

まっ、んなこたどうでもいいか!

で、合間見て声かけてさ…

「お前よ、バレたら春に人事で飛ばされるぞ」

そしたら、あのバカ…

「埼玉から異動言い渡されたら、あたし、も~辞めちゃう!」

「おめ、辞めてどうすんだ?」

「ダーリン♥♡♥追っかけて全国いっしょに回る」

「無職になって金はどうすんだ?」

「ダーリン♥♡♥のレースの車券、全部ダーリンのアタマで買って作る」

「お前本気で言ってんの?」

「あたしのためなら、絶対ダーリン♥♡♥勝ってくれるもん!」

「………」

おい、新井!
聞いてっか?

おめえ、今から得点120点超えの選手にならんと女のホームレス一人作るぞ…

ウギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!
おい!!!!
ハゲーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
(汗汗汗)\\\٩(`^´)۶////
てめえ、よくまあそれだけのウソ、グダグダグダグダーーーーー!!!!
これ、県の職員さんたちだって読んでんだからね!
本気にされたらどうすんのさ!!!!
(涙涙涙)県公営競技所所長さま~!
お願いですから、うちの事務所の所長~に変なこと言わないでくださいね~:(;゙゚’ω゚’):
さっき、色々とご報告してた時のあたしの姿が真のあたしなのですよ~(大泣大泣大泣)

新井剛央選手会埼玉支部副支部長より緊急メッセージ

「大変お世話になります。
新井剛央です。
大宮記念競輪の際、相川巧選手やOBの関優勝氏から事実無根の話を流され、現在、週刊文春様より問い合わせをいただいております。
私と、競輪不況…じゃなくて、け〜りん布教会職員の八多あたりさんとは何ら特別な関係や感情などなく、あくまでも一選手、一職員の間柄でしかありません。
誤解なきよう何卒ご配慮いただきたく存じます。
なお、相川巧選手と関優勝氏には法的手段も視野に入れ、現在、弁護士事務所と相談中でございます。」

一選手、一職員の間柄………………
うえ~~~ん!!!
ダーリン♥♡♥のバカ~!!!!
ウソつき………………
も~死んでやる!

※今回のレース結果…ではなく、ブログにつきましては、記載内容のほとんどがウソ八百で構成されております。
事実に関しましては主催者発表のものでご確認くださいませ。
本日のご閲覧、まことにありがとうございました。

50話 松浦悠士『アタマ使ってるよ~ん~♫~』

親愛なる皆さま~!
~12月10日を過ぎたのよ~!

ちゃんと、お金と頭使ってます~?

12日から西武園のヒラ!
16日からは大宮でS級があっから、GPのことはひとまず置いといて、どんどん使っちゃいましょ~!

同じ金なら女房子供につっこむより、穴にでもつっこんでドブに捨てちゃう方がなんぼかマシでしょ!

松浦悠士 松浦悠士

G1初制覇の松浦悠士。
もう29歳なんだな。

プロフィールを見ると、タイトルを手にする選手としては出世は決して早い方じゃねえけど、じっくりコツコツ上がってきたって感じだよな。

で、上に上がってからは、完成度の高い自在選手として安定した走りをきっちり見せてくれている。

下で走っていた時代から日々ず~と地道に鍛錬重ねてたんだろうな。
でなきゃ上で活躍なんてできるわけねえもん。

遅咲きのコツコツ型ってのは、オレが思うに根が本当に真面目でストイックってやつが多いような気がするんだ。
ほんで、こういうやつは結構長持ちすんだよ。
成績的にも選手としても。

実際の松浦が本当にそのタイプかどうかは知らねえけど、きっとそういうタイプじゃねえのかな…

ところでさ、お前らにとって、「こいつの真面目さ、ストイックさには負ける、尊敬できる」、みたいな存在がいたら、エピソード込みでちょっと紹介してみてくんねえか。

現役、OB、場合によっちゃ他県の選手でもいいからよ。

新井の場合は、親父(新井正昭/31期・OB)さんだっていいぜ。へへへ
あの人も典型的な「ザ・競輪選手」だったかな。
滅多に口は開かねえし、いつも気迫みなぎらせてるタイプで、ストイックってセリフも似合う人ではあったかも。
選手としての晩年の頃からは同じ人間とは思えないくらい丸くなったけどさハッハッハッ

地道にコツコツという選手をひとり挙げるとしたら、それは間違いなく僕がデビューしてから20年お世話になってきた小沼良選手(68期・埼玉)です。

僕が小沼さんを知った時にはすでにA級の優勝の常連者でA級1位でS級に上がる頃でした。

しかしずっと強いのかと思っていたらB級の時代が長く少しずつ実力をつけて上がってきたとの事でした。

練習に対しても真面目でコツコツ、練習も休まず8つ年上の先輩ではありますが体力がハンパないですね!

レースも追加、補充も断らず年間と月間の出走記録を持っています。

そして競輪のみならず自転車が大好きでロードレースやトラックレースの自転車競技大会にも出場し、45歳で1000mTTで自己ベストを作ったくらいまだまだ進化しています。

そして奥様も自転車競技をされていて女子のマスターズ大会を優勝するほどの実力者。
御夫婦共に素晴らしい選手です。

僕も少しでも長く競輪選手として、そしてより高いグレードで走れるよう地道にコツコツやって行きたいと思います。

現役時代、小沼とは何度か同乗したな。
でも、あいつはいつも不信感丸出しの顔でオレを見てやがってよ!
今でもオレの姿見かけるとあいつ逃げんだよな。
マーク屋のくせに…
ただ、今現在もS級で頑張ってるってところは本当に大したもんだし立派だよ。
まだまだ粘ってほしいな、ウン!

それではリクエストに応えて自分の師匠でもある親父の話を(笑)

でも、親父の話を語り出すと長くなりそうですが、、、(笑) 

なんとなくわかると思いますが、あまり父は、あーだこーだと言う人ではなかったです。

アマチュアの時は基本的に休みはなかったですけど、たまたまあった同窓会で、深夜に家に帰ってきた時に師匠から「今日は休め」って言われたのをいまでも記憶しています。
正直驚きましたし、いまでも鮮明に覚えています。

師匠は、とにかく練習に関しては休まない人でした。
グループでいつも行くコースを例え1人ででも、競走終わった次の日とか関係なく常に自転車に乗っていました。

子供の頃から見てますけど、自分が一競輪選手となって改めて師匠の偉大さをすごく感じました。(実親ですが、、、。)

師匠が書く色紙に(いまはわかりませんが)努力と言う言葉があります。
その言葉を胸におき、それをいま自分に置き換えて日々の精進の糧にしています。

目標はすごく高いところにおりますが、一歩でも近づけるようにこれからも頑張りたいと思っております。

オレは昭和51年4月のデビューなんだけど、親父さんはちょうどその前の月、3月のダービーで優勝した人なんだ。
こっちは、これからまさに選手として走るって直前の時だから結構印象に残っててさ…
ほんで、特別競輪を優勝するとあんなに金を握れるんだってさらに闘志を掻き立てる原動力ももらえたんだけど、最初の頃はやっぱ「おっかねえ~」って感じで近づきづらい人だったな。

迫力があんだよ。
独特の…
新井さんに限らず、当時の最高位A1の人たちってのはそれぞれみんな特殊なオーラーを放ちまくっていたんだけどさ。
で、「こういう人達と戦って勝たなきゃ、あの金手に入れられねえんだ…」
って考えると、正直、ちょっとビビったりしてね…
でもよ、ビビったままって訳にもいかんべ。
あの迫力に呑み込まれねえようにするには、とにかくも~練習する以外なかったよ…
それでも新井さん、ず~と怖い顔したままのおじさんだったのに、ある日突然…
「お前の運命は…」
まだ、現役やってた頃だったのに、いきなり占いみたいなこと始めちゃって…
「おい関!お前は一生金に縁はない!あきらめろ!」
も~いい迷惑だってえの!

そうそう、ついでに言っとくと、新井さんて
「逃げる!」
「逃げて勝つ!」
っつう信念みてえなもんが、黙っててもガンガン伝わってくるような人だったんで、当時、新井さんをマークする選手は事前にゴチャゴチャ言う事もなく黙ってついて行くって感じだったのよ。
誰かさんとかと違って信用できるじゃん…
で、重ねて言うけど、先頭まわる方も口開かねえんだから、も~静かなこと!
葬式の行列だわなグッヘッヘッ
だから晩年、
「お前の運命は…」
みたいな事やられると、こっちもズッコケちゃうんだよな。

ダーリン♡♥♡♥のお父さま、そんなすごいかただったんですね、ビックリ(´ω`)

でもって、
なんか、おっかし(笑)フフフ

でもでも、だからステキな息子さんが誕生するのね(*^o^*)
なっとく^o^

あたしも占ってほしいな~♥♡♥

「センセェに貸したお金いつ取り戻せるかって!」

あっ、オレこうも言われてたわ。
「関!お前は引退したらまた逃げ屋に戻る!」

みなさ~ん!
懲りもしないでやってます~?
忘年会!
毎年毎年、お互い進歩も成長も全くもってございませんな~。

っと言いつつ、オレにとっちゃタタ酒とタダ飯にありつける西武園クラブの忘年会はありがたい事この上なくてさ!

今年は笠松将太(100期・埼玉)が同じ人間とは思えないほどの大活躍を見せてくれたり、今年デビューの浅見隼(115期・東京)が忘年会のスケジュールに合わせて立川完全V、続く京王閣でも1・1で優出、忘年会前日となる最終日は本命背負ったにも関わらず翌日の受けを狙って吹っ飛び決めるなどいい雰囲気での一年の締めくくりになってさ。

ところで、親愛なる皆さまがたは笠松将太の今年の変身ぶりに驚くとともに何があったのかって興味あるでしょ?
オレも興味があるから聞いたのよ。

なんでも去年の春だか夏頃、バナナの皮踏んずけて滑って転んで頭打ったんだと!

で、それ知った平原康多(87期・埼玉)が心配して色々面倒見てくれたらしいんだ。
まずは頭を心配されて、ひらがなカタカナ、たし算ひき算、金魚の産地は金山…みたいなことから箸の持ち方、靴ヒモの結び方レベルのことまでもう一回丁寧に教えてもらったんだって。

そしたら、今まで見えてなかったことが見えてきたんだとさ。

肉体よりも、脳みそ的な部分のリハビリのおかげで変身の切っ掛けをつかめたっていうんだから、やっぱり競輪と笠松将太には頭が大事って改めて思わされたね。

ところでさ、今回、若い衆と話していて、何気に驚いたことが二つあんだ。

今年S級に上がった内藤高裕(96期・東京)っているでしょ。
こいつ、表の顔は、腹黒くって、ずるくって、策士なくせに、裏じゃクソ真面目な努力家で、新年を前にしてそれなりの信念まで持ってて…

あっ、いけねえ逆か!

表がクソ真面目で、裏が腹黒ね!

まあいいや…

そもそも酒飲まないヤツだったのよ。
こいつ…

ケチってのもあるけど、元々は真面目なタイプじゃん。
だから、正反対の師匠、飯田義広(44期・OB)みたいにだらしのない酔っ払いが大嫌いらしくてさ。

そんな訳で、例え飲み会があっても、自分はそそくさ切り上げて内緒でこそこそローラー乗ってる…
みたいな、まあ、そんなヤツなのよ…

ところが今回の忘年会、なんとビールを口にしててさ!
も~たまげたのなんの!

将太同様の大変身!

このままさらにガバガバ飲むようになると、ついにあいつも真の競輪選手ってことじゃん。

やっぱりこいつもバナナの皮踏んずけちゃったのかな…?

となると、来年はさらに成績上げちゃうのか…?

親愛なる皆さん!
酒を飲むようになった内藤高裕の走りにちょっと注目してみてくれや!
あいつも結構コツコツ型だからさ…

さてさて、驚きのもう一つは、昨年デビューの樋口開土(113期・東京)!

こいつは結構センスある走りっぷりで、酒が入っている時の桜井(久昭/28期・OB)さんは結構高い評価を出してるんだ。

見栄えも案外男前でさ。

となりゃあ、それなりに女の子にもモテんだろうなって思ったのよ。

競輪選手に限らずだけど、新人ってのは結構ゲットしやすいと思われるのかスター選手並みにモテたりするじゃん。

もちろん2~3年もすりゃあっさりソッポ向かれるんだけどさ…

で、今はSNS?とかいうのでファンの子たち選手にメッセージだのを送りやすいって時代なんだろ?

だもんで少々興味が湧いて、今までどれくらい女の子からメッセージ届いたのか試しに聞いてみたのよ?

そしたら、まだ100人程度だって…

いやいや驚いたね!

普通、プロスポーツの選手としてデビューするとラブレターだって100万通くらいは来るもんだけど、ちょっと少なすぎじゃねえのかな。

よくわからんけど、今の時代ってのは、そんなもんなのかね…

まっ、このブログの読者に性別としての女ってのはいねえだろうからこんなこと書いても意味ねえんだけど、西武ライオンズの選手狙うより西武園クラブの選手狙う方がチャンスでかいぜ~!

遭遇できるチャンスが全然違うもん!

こないだも、浅見隼が競輪場隣のいなげやで普通にコロッケ買ってたしな…

※内容に一部、著しい嘘八百が含まれておりますのでご注意下さいませ

センセェはいったい何をおっしゃりだすのやら(汗)
ちょっと、あたしがお客さまにちゃんとしたメッセージを!
来年は西武園競輪場も開設70周年を迎えます。
より多くのみなさまに競輪という競技、そして競輪選手というアスリートたちの存在をもっともっと知っていただきたい。
身近なものに感じていただきたい。
何より、うんと楽しんでいただきたいと考えています。

お若い層の方たちにもぜひ足を運んでいただいて新しい時代の競輪場をみなさまとともにつくっていくことを夢見ています。
男性ばかりというイメージがまだまだ強い競輪場ですが、近年、特にビッグレースの開催時には女性たちの姿も数多くみられるようになるなど大きく変化をしてきています。

女性のみなさん、ぜひぜひグループで一度、競輪場をのぞきにいらっしゃいませんか。
そしてお気に入りの選手、たくさん見つけてくださいね(^O^☆♪
わたくしたちも、場内イベント、ファンサービス、いっしょうけんめいがんばります!!!

職権乱用して、ずるがしこく新井の「入り待ち」、「出待ち」、「追っかっけ」をしているお前がよく言うぜ…
お~い、競輪ファンのねえちゃんたちよ~!
新井をターゲットにどんどん出待ち!追っかけ!に来てくれや~!
1000人でも2000人でもよ~!

一人もきちゃダメ

49話 村上博幸『大きな目標!』

まもなく今年最後のG1「競輪祭」!

もし、村上(博幸/86期・京都)と三谷(竜生/101期・奈良)が、また一緒に決勝乗っかったらど~すんのかな?

ウエッヘッヘッへッヘッ

いや~見てみてえ…

村上博幸村上博幸

寛仁牌は40歳になる村上博幸(86期・京都)が優勝。

昔なら40代で特別競輪を優勝するなんてえらく大変なことだったけど、今はそれほどの違和感感じなくなってきてるよな。

競輪に限らずだけど、今の40代って昔の30代。
30代の奴らは20代って風によく感じるもん。
外見も体力もさ。

昔は選手のピークって20代後半からせいぜい30代前半なんて考えられていたけど、ひょっとしたらもう30代後半くらいまで伸びってちゃてるのかもしんねえな。

同時に今回改めて思ったけど、今の選手は、どんどんオール自在化してるなってこと。

特に追い込み選手なんて、縦の脚も備えてなきゃ戦えねえって風になって来てるしさ。

競輪って、これからまだまだ変化していくんだろうな。

ところでお前らはさ、近い将来、競輪選手や競走形態はどんな風に進化しているって考える?

あるいはさ、「こんな風に進化してくれたら」みたいな希望でもいいから、ちょっと聞かせろや…

村上選手の優勝に関しては、同級生の活躍なので正直嬉しく思います!
若い頃は負けていられないという気持ちが強過ぎて素直には喜べていなかったかもしれませんが…へへへ。

それにしてもお互い長く選手生活を過ごしてくると、それぞれ怪我に苦しめられたり調子を崩す事が出てきます。
そういう期間を過ごして再び輝きを取り戻すのは大変な事です。

当然、上のステージになればなるほど。
とにかく年齢を言い訳にしないで僕もまだまだ頑張ります!

競走形態についてですが、今後は「250走路ケイリン」も始まる予定です。
業界としては益々と競技性が高い競輪にしていきたいのかな?
と感じさせられます。

その中で生き抜くためには、高いレベルでのスピードと持久力というのは必須だと思います。
横の動きがどんどん制限されたルールの中では縦脚勝負にならざるを得ません。

ですが、他の公営競技の中で唯一、人間と人間がラインという形で協力し合いながら競う人情味溢れるところが競輪の一番の魅力ですから、スピードとパワーだけで競う競輪だけにはなって欲しくないですし、そう思うファンの方が多いと思います。

さて、未来の競輪。
どうなっていくんですかね…

オレも、スピードとパワーだけで競う競技は、もはや競輪じゃなく別のものと思ってるクチなんだけどな…
脚質、能力、頭のレベル…
様々な違いを持った人間同士が、それでもメンバー構成や展開で皆が勝負を競えるってところが競輪の特殊性であるとともに最高におもしれえ部分だったと思うんだ…
 

まずは、寬仁親王杯、同期の村上博幸が優勝したのはとても嬉しかったですし、とてもいい刺激になりました。
心からお祝いしたいと思います。

この先の競輪競走、形態ですが、今のルールを考えると、先頭誘導員のペースがそこそこに上がって、それからの競走になるので、長い距離を高いスピードで走れる選手が有効になってくると思います。

先行選手に限らず、追い込み選手も縦を踏める脚を作っていかないと、どんどんとレベルが上がってきている中で、取り残されていってしまうと思います。(本音を言えば、ハンデが欲しいくらいです、、、笑)

そうならないために、新人、ベテラン問わずトレーニングは勿論、自転車のことも勉強して追求して行かなきゃいけないと思います。
ギヤ規制や誘導員のペース、ルールの改正とまだまだいろいろなことの改革が必要だと思います。

車券を買ってくださるお客様のことを考え、よりわかりやすく、より面白い競輪になっていって欲しいと思います。

オレは、昔の選手で良かったよ。
今の時代にやってたらとてもじゃねえけど…
少なくとも頻繁に麻雀はできなくなるな! 

未来の競輪場は、どんな感じになってるのかなぁ…

わたしの夢は、選手達の走る姿をナマで観るために多くのお客様が老若男女つめかける場所になっていること♥♡♥♡

ゲッハッハッハッハッ
無理だろ…

いや~もう11月!
この世…
じゃなくて、今年の終わりにまたリーチがかかっちまったな。

ところでさ、人生の終わりにそろそろリーチをかけはじめている我々選手OBなんだけど、毎年11月1日は「ピン!ピン!ピン!」の日ってことで自動的に飲み会をやるってことに、いつの日からかなっちゃってんのよ。

んな訳で、今年もまた西武園クラブOB・59期、横山明男がやっている、武蔵関の居酒屋「だるまさん」に行って来たんだ。
(今、本人は仕込みだけで、店は母親に似て男前の息子たちや、突然変異だったのかすっげえ美人に育った娘たちでやってるらしいんだけどさ)

こう言っちゃなんだけど、明男の店は1号店が田無にあるんだけど、知っている人にはメチャクチャ有名で知らないヤツは全く知らないっちゅう世界的にも評価されてる隠れた名店なんだ。

ミシュランなんて所詮は「三つ星」レベルだろ。
けど、こっちは例えA級3班の最終日「チャレンジ一般戦」競走得点60点ってクラスでさえ「七つ星」っちゅう世界なんだから食い物だってレベルが違うのさ。

総入れ歯のジイさんバアさん!
若いにもかかわらず悪いことばっかして同じく歯がボロボロっちゅう兄さんさんねえさんたちよ!
明男の店で白モツ注文してみな!

食えんだよ!
驚くことに!

今月いっぱいだけど、西武園の飯田義広(44期・OB)の紹介で来たって声かけたら料金オール10パーセント増しで大サービスらしいからバカはどんどんレッツゴー!
声さえかけなきゃ正規料金で大丈夫らしいけどさグへへ!

さて、でさ飲み会の方はというとOBと関係者、無関係者、合わせて30人くらい集まってたみたいで誰かが死んでお通夜って時みたく賑やかで楽しかったよ。
ほとんど年寄りゆえ昔話、思い出話に花が咲くでしょ。
そんな訳で、まさにお通夜。

で、お通夜とくりゃ次は葬式。
何気にオレがさ、寬仁牌の時の中川誠一郎(85期・熊本)を話題にしたのよ。
瞬間、大いに盛り下がって今度は一気に葬式だ。

「バカヤロ!あんのヤロ~!
番手回ると言いながら、これから打鐘って時に、並走になっただけで横に触れもしねえで黙って下がって『ハイ!それま~でよ!』だろ…
せめてもう一回追い上げるマネをするなり、捲りに行くふりをするなりなにがしかの演技をしてくれねえと、中川から買った客はみんなただのバカで終わりじゃねえか!」

…ってオレが言ったら、後輩の46期「21世紀のタコ焼き」広田邦靖がさ…

「なに素人みてえなこと言ってんのよ、ろくに風呂にも入らず黒コゲのタコ焼きみてえになってるおっさんが!
マークって宣言しちまった人間が、道中マーク外して、その後、捲りなんぞ打ったら、それこそ競輪の仁義に反するでしょうよ。

んなもん、逃げ屋に対しての裏切り行為以外の何物でもねえ。

捲る脚が残ってんならなんで最後まで競らねえんだ、なんでもう一回追い上げて来ねえんだよってことになるし、自分が捲るチャンス掴むためにオレをペースメーカーとして利用したのかってことになっちまうから、あの時の中川は下げた瞬間、仮に脚が余っていたとしたって、もうああいう形で追走する以外手なんてねえじゃん。
そもそも立ち回る競走が苦手な選手なんだろうしよ。

そもそも選手ならみんなわかってることだべや。
中川が下げた瞬間、ああもう何にもできずこのまんまだなって…

関さんもよ、あんまり客の方を長くやりすぎたんで選手の走り方ってえの忘れちまったんじゃねえの」

そしたら、それを横で聞いてた桜井(久昭/28期・OB)さんが…

「広田!
オレは関の言い分はわかるぞ!
仁義は仁義として、それもオレにはわかるが、やっぱり特別競輪の決勝。
特になんてことのないレースって訳でもないだろう。

理由はどうあれ下げた選手が、だからもう何もできねえ、しちゃいけねえってことには、オレはそもそも反対だ。
もし、まだ脚が残っているのなら、もちろん追い上げるのが理想だが、状況によっては捲りを打つのも良し!

ラインが重いってのは確かにその通り。

だけど勝負の場では、道中例え何があろうと、その段階で己の勝利のための最善手を尽くすべきというのがオレの考え。
そしてそれがお客に対しての責任だとも思うんだ。

ただな、オレももちろんあのレースは見てるが、中川は動ける脚は残ってなかったろうなって風には思ってるんだ。

お客さんには、『競りもしねえで下げたんだから脚なんて完全に残ってるだろう』って見えたかもしれねえが、脚質ってのは上品な言い方するとえらくデリケートなもの。
普段、横はやらねえ、苦手ってタイプのやつにとっちゃ、ただ並走しているってだけでも普段と違う脚を使っちまうし、それで下げて、また態勢立て直す、捲る勢い作るってのはなかなかできるもんじゃねえ。

最初から『逃げる』、『捲る』って構えでタイミング計りながら周回重ねるのと、普段やりなれてねえマークって形で回るのとじゃ脚のロスが微妙に違うんだ。

まっ、お客さんには、横が苦手な先行選手にはそういうこともあるもんだって風に理解をお願いするしかねえんだろうけどな。

とにかく寬仁牌でああいう走りになった中川も、そのあと久留米で完全Vが出来ちゃう中川も、どっちも本当の中川なんだ」

…とまあこんな形で葬式が終わると、今度は焼却場…
じゃなくて火葬場。

今年、後一歩で火葬場まで運ばれそうになった佐藤幸男(28期・OB)さんが突然大声で、

「バカヤロ~桜井!
こういう楽しい酒の場で、そういう面倒くせ~演説垂れてんじゃねえ!

お~い、恩田(繁雄/41期・OB)!
お前も、関や広田と同じヘアスタイルしてるんだから3人でダンゴ三兄弟踊りでもしてもう一回盛り上げろ!

ところで、今日はなんであたりがストリップやりにこねえんだコンチクショ~!!!」…

そ~だ、間違えた!

その後は、火葬場じゃなくて独壇場だったんだ…

おじいちゃんたちの飲み会…
行かなくってホント良かった~♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪

※今回、多少話を盛っております。