番外編11『サクライせんせぇのオールスター物語(後編)』

みなさま、さくじつはサクライ大せんせぇが、ムダな話をながながと失礼しました(>人<;)
今日はなにがあっても、ちゃんと本題を話させますのでガマンして聞いてあげてくださいね(^∇^)
ではサクライ大せんせぇ!
本日もど~ぞ~!
♬パチパチパチ~♪♬

おい、あたり!
お前、オレをバカにしてんのか?
まあいい!
はい、それじゃ皆さん、続きといきますよ!
さて、まずはどんな感じの競走だったかをみてもらうかな。
そのほうが手っ取り早いだろ…

【※レース展開は、当時の新聞記事とラジオ中継録音の一部、桜井氏の回想から再現したものです。コース取りやタイミング等に実走と違いがある可能性もありますが、競走の流れはほぼ忠実に近いものとなっています】

序盤から動きはせわしなく

まっ、競走の流れ的にはこんな感じだったんだ。

トップを引くのは平林さん。

まずは、スタートで藤巻さんが前とって、加藤さんがこの段階ではマークの形。
そんで、大本命•福島さん、稲村さん、宮一さんの群馬勢。

で、このオレ桜井。
あとは先行の吉岡、様子見の塩沢。

この頃は、今みてえにラインで走るんじゃなく、強い先行の後ろをみんなで取り合うって形の競輪なんだ。
だから、別に同県もクソもねえし、序盤から中盤にかけても選手の出たり入ったりって動きはけっこうあったかな。
今はほとんどねえけど、序盤から並走って形もさ…
もちろん、選手には格ってもんがあるから、「1班の後ろは1班」みてえなもんはあったよ。

2班でも同県だから番手…、なんて甘えは許されない。

番手はあくまでも競りと脚で奪い取るもんだった…

それから昨日も話したけど、当時、1班120名ってのは本当に神様だったんだ。
そもそもお客が、そう呼んでくれてたよ。

「A1神様!」

今のS1は人数も多くてそういった威光も少し落ちちゃったけど、あの頃のA級1班ってのは文句なしに別格って存在だったな。

つまり、その頃はオレも神様の一人だったってことなんだけどよハッハッハッ

あたり!
少しはオレを尊敬しろよ!
お前は最近、オレをただのジイさんとしか見てねえだろ!

さあ、そんな訳で、このレースも初周から数周回、色々動きはあったんだ。

2周目の時、福島さんの前に宮一さんが一度入って、福島さんも使うそぶりを見せたけど、やっぱりもう一回入れ替わって、福島さんが前。

藤巻さんは、加藤さんが先行する気があれば乗る手もあったろうが、その選択はせず。
おそらく番手勝負か自力の捲りでも考えてんじゃねえかと思ったね。
脚はやっぱ藤巻さんが上だったし…
最終的には違ったけどさ…

で、3周目すぎて福島さん、稲村さん2車で上昇。
宮一さんはついて行かず。

藤巻さんが福島さんを迎え入れ、アウト稲村さんと競り。
藤巻さんは、福島さんを入れずに、後で上がってくるであろう吉岡のケツで番手勝負ってのもあったと思うけど、やっぱり前橋って事と福島さんと同期って事で入れちゃったのかな。
3番手なら勝負権あるし…
展開によっては福島さんがそのまま自力勝負に出るってパターンもあっからな…

さて、ここで競りが長引き前段もつれる展開になったら、オレはオレで捲り勝負の選択肢も出てくるが、結局、藤巻さんその後下げて稲村さんまで入れちゃうんだ。

前橋だから、これも仕方なかったのかな…
ちょっと、(ふ~ん…)とは思ったけどな…

まっ、とにかくこれで良くも悪くもひとまず隊列は落ち着いた。
青板(残り3周)すぎて、間もなく赤板(残り2周)ってとこで先行•吉岡が上昇。

さあ、いよいよ勝負所に突入だ。

若さゆえに勝手にカラダが動いて…

福島さんが吉岡を迎え入れて絶好の態勢。

さあ、藤巻さんがどう出るか。

4番手じゃ勝負にならんし、追い上げて、今度は福島さんと番手競りに出るか、それとも加藤さんが先に何かするか…

…と思ったらよ…

(は~ん⁉︎      動く気配がまったくねえ)

(おいおい、一番強い自在選手の前に先行が入って、このまま一本棒じゃもう勝負は決まっちまうじゃねえか…)

(冗談じゃねえぞオイ…!雁首並べてみんなでお見合いか⁉︎

でな、そしたらその瞬間、なぜかもう身体が勝手に動いて出てったような感じで、オレは福島さんのアウトに追い上げていたんだ。

同じA1、神様同士とはいえ、向こうは横綱、オレは前頭。

けど、土俵に上がったら遠慮もクソもねえ。
ただ力一杯立ち向かうだけだ。

ドッカ~ン!!!

いや~死力を尽くして闘ったよ!
24歳になりたてホヤホヤ、若武者•桜井青年は!

福島さんも意地になってぶち当たってきたけど、オレも引かずに攻めつづけがっぷり四つ!

再度、ドッカ~ン!ドッカ~ン!

押し込んでも押し込んでも、その都度跳ね返してくるんだ。

やっぱり横綱ってのは本当に強ええと改めて思ったな。

打鐘前あたりから追い上げて、そういった感じの激しい競りが最終2センターから4角くらいまで続いたのかな…

でもよ、そうなると後方の人間にとっちゃ、もう絶好の捲り頃だろ。

「ごちそ~さ~ん」とばかり、加藤さんが最終2角からズッド~ン…

人様が前で必死に仕事しているすきに、美味しいとこだけスコーンと持ってっちゃった…

で、もはや脚がいっぱいの福島さんとオレは共倒れ7着8着…
(※普通競走なので末着はほぼトップ引き)

それでもみんな大喜び!

それでもさ、競走後、金網の外はそりゃ~凄まじい反響だったよ。

そりゃそうだよな。
大本命、大横綱に、それもその地元で、初優出の若造が競りかけて大競り演じたんだから!

「福島と競るとはいい根性してる!」

「藤巻みてえな実力者や他の連中が脚使うのを怖れて何もしねえ中、あいつ一人が攻めてった!」

「あのままじゃすんなりで終っちまうレースを見事に動かした!」

「東京の桜井!ありゃ大物になる!」

「ガキみてえなツラしてて大したもんだ!」

「オレの車券パアにしやがった…」

てな風に、記者や評論家、お客さん……そして当時想いを寄せていた松戸のソノちゃんも、おそらくきっとどこかで悶え狂ってたはずだ…

オレだって、そりゃも~興奮の極致さ。
精一杯戦った後の爽快感とか…

も~何とも言えんわ!

あの時の気持ち…

一人だけ他と違ったヒトとそのワケは…

けどよ…
けどな…

そこで、ただ一人だけ違う反応を見せた人がいたんだ。

このレースでトップを引いた、同じ東京の大先輩、故•平林巳佐男さん!

競走終了後に最初に言い放った言葉がなんと

「お~い!桜井は何着だった?」

だぜ!

しかも、凄まじい形相で…

実はこの人、このレースで、オレの後ろを回って稼げる可能性のある金と、トップ引いて稼ぐ金と、どっちの方が高くなりそうか天秤かけてトップの方を選択してたの。
(トップ引き選手の賞金の取得方法は機会があればいつかお伝えします)

だから、オレが8着ってこと知って

「オッシャ~!大成功!やっぱオレの判断は間違ってなかった!」

「良かった~!今日も儲かって!グヘヘへへ~!」

 今度は、も~とびっきりの笑顔でさ…
ったく、カネのことしか考えてねえんだからな…

まっ、こういう判断や決断、勇気も競輪の世界にゃあるってこった、うん………………………………

(※当時の競輪は、6番の選手が誘導役を務める普通競走が一般的スタイル。別途、誘導員を用意する現在の先頭固定形式もあるにはあったが、勝ち上がりの競走、決勝戦等の場合でも誘導賞金を目当てに誘導役を申し出る選手が多かったので需要は少なかった。名誉より、いかに稼ぐかが重要な時代でもあったのである)

セ、センセエ!せんせぇ!センセェ!
ひょ、ひょっとして、おはなしぜんぶ終了しました?
やった~。・°°・(>_<)・°°・。
ばんざ~い(大泣大泣大泣号泣~)

 

あたりのざれごと

みなさま~、ホンット~におつかれさまでした~!!!

も~あたし、いっきに100歳くらい歳をとった気分。
今回の記事作りって、ホントに大変だったの(>人<;)

まず、桜井センセェのとこに電話して、録音とメモ取りながら数千時間話を聞かされたのよ。

それから当時の新聞記事とかをお借りしにセンセェ宅の玄関先までうかがって(緊急事態宣言中だったから)、そんでもってハゲのタナカに連絡して原稿かかせ、最後にまた、いつも同様まとめの作業…

桜井センセェって、ど~してあんなにしゃべるの⁉︎   しゃべれるの⁉︎
あたし、桜井センセェの奥さま尊敬しちゃう!

家の中でなんにもしゃべらないお父さんにもこまっちゃうけど、あれだけしゃべられちゃ女の出るまくなくなっちゃうじゃん…

でもさ、すっごく明るい家庭みたいでとっても楽しそうなの。

電話口でそれがすごく伝わってきて、ちょっぴりうらやましくなっちゃった╰(*´︶`*)╯♡

ハゲのタナカのあいかわらずつまらないざれごと

桜井さんのせいで、あいかわらず長いブログになっちゃって申し訳ないんだけど、オレにもちょっとしゃべらせて。

今回の話に登場した、当時のスーパースター福島正幸さん。

思い出ってわけでもないんだけど一つ強く印象に残ってることがあるんだ。

オレにとっての福島さんは…

福島さんの師匠で競輪評論家をなさってた故•鈴木保巳(1期)さんて方がいらっしゃったの。
もうかなり前に亡くなられてしまったんだけど、オレ、この方の競輪中継の時のお話や評論記事が大好きで、一度お会いさせてもらったことがあったの。

で、その時話された、福島さんのエピソードにすごく感銘を受けてさ…

鈴木さん、こうおっしゃってたの…

「福島…
あいつは本当に大した男だった。
師匠のオレでも、こいつにはかなわんと思ったよ。
こうと決めたことは、何があってもやり抜いた。
変な話になるが、この時間にトイレに行って出すと決めたら、例え下剤を飲んででも出す!
そんな男だったよ…」

オレの頭の中には、現役時代の福島さんが確か「精密機械」なんて感じに称されていたような記憶もあったから、なおのこと感動しちゃってさ…

(少しでもこんな人間に近づきたい…)

本当にそう思ったね。

なれなかったけどさ…

福島さんのお名前を見つけると、今でもその時の話を思い出しちゃうんだ…
桜井さんのエピソードにも似たような部分があるけど、一流になる人って皆さんやっぱりそういったモノを持たれてるんだろうね…

ちなみに、オールスター決勝の記事の中にこんな一文があったの。

「福島は、あそこで桜井と無理に競らず一車下げて捲り勝負に出れば勝てていたのではないか…」

横綱、挑戦者双方がプライド、信念もぶつけて戦っていたって事なのでしょう。

素晴らしいです。

 

ゴメン!
それから最後にもうひと方。

故•平林巳佐男さん。

オレにとっての平林さん

オレが競輪場に通い始めた昭和60年頃…この頃はS•A•Bの三層制になってたんだけど、たしか選手数も四千人くらいって時だったのかな?

でさ、平林さん、地元のレースに斡旋されるのが多かった?のか、オレが行くときゃよく出走表に名前が出てたんだ。
たしかA1くらいをキープしてて、しかもそこそこの順位だったような記憶があんのよ。(記憶違いかもしんないけど)

三層制になったとはいえ、当時S級は4千名の中で430名。
だから仮にA1といっても、現制度のS2くらいのレベルはあったかも。
昭和50年のオールスターで42歳だったってことは52歳でしょ。
当時24のオレにとっちゃ凄まじいジイさんに感じてさ。

こう言っちゃなんだけど、本当にジイさんみてえな顔してたし…

しかも、そのジイさんが下手すりゃ最終日、決勝(あったかも?)とか特選、選抜走ってたりすんだから。(その時もトップ引くことがあったかどうかは忘れた)
も~なんちゅう世界だと思ったね。

良くも悪くも…

なんで、スポーツの世界であんなジジイが若者と普通にやりあえるんだ?
って風にさ…

もちろん、同時に尊敬の念も生まれてたけどね。
とにかく印象に残るジイさん選手でした…

そうそう!

あとさ、あの時代の方でしょ。
旧A1、タイトル戦を何度も走った大選手なのに身なりといえば…
良い言い方をすれば質素。

ごく普通の感覚で言うと

「ど~して、そんなにケチなの!」

もちろんオレも人のことは言えない格好してたけどさ…
今だって、30年くらい前のジーパンとか平気ではいてるしハッハッハッ!

でもさ、今は選手の皆さんも本当にオシャレになったよね。

モモヒキや軍手でレーサー乗るなんてありえないでしょ?(これ、平林さんのことじゃないよ。むかし選手の方に聞いた話…)

今回の原稿を作ってて、そんなことを思い出しちゃった。
ってなわけで、ハイおしまい!

あたりちゃん、これくらいの長さなら許してくれる?

ながい!

【※番外編10、11の記事内容につきましては、ともに、それなりのウソ•でっち上げを加え構成しております】

番外編10『サクライせんせぇのオールスター物語(前編)』

みなさま、こんにちは
あたりです♡♥♡♥

 

緊急事態宣言もついに解除されたりと、ウイルスの方も少しずつ収束の方向には向かっているみたいですね( ^∀^)
でも、まだまだ油断は禁物Σ(-_-)

第二波とかきたらホントいやだし…

念のためブログ制作のときは、まだ在宅ワーク実行中。

お化粧の必要もないし、部屋着のままで過ごせるし、なにより通勤しなくていいでしょ。
ちょっと、しあわせ( ^ω^ )

ってなわけで、ハイ!
きょうもお仕事、お仕事…!

ハイ!
っというわけで、今回は「まだ生きてる化石!」桜井久昭(28期•OB)大センセェにご協力いただいて、むかし話をおとどけします♪()♪

 

お年寄の話って若い人はみんなきらうけど、どんなときも辛抱って必要だと思うの!(◎_◎;)

先のことを考えると、ウイルス関係での辛抱もまだ必要だと思うし、もうしばらくはがんばって辛抱しましょう╰(*´︶`*)╯♡

それでは桜井センセェ!
辛抱疲れのみなさまに向けて、
ハイ、ど~ぞ!

♪パチパチパチ~♬♪♬

ハイ!
ただいまご紹介に預かりました第17代競輪王!28期•西武園クラブOB!桜井園子さんの夫!桜井久昭でございます!

先日、け~りんふきょ~会のあたりから電話が入って、オレの昔話をぜひにって頼まれたもんで出てきました。

まあ、かなり光が見えてきたとはいえ、確かに第二波が怖いからまだ警戒は緩められんとオレも思うんだ。
ゆえに、ちょっとした気分転換にでもなればいいかなと思ってよ…

むかしむかしの自慢話の始まりは…

さて、オレが話すのは、若かりし頃、特別競輪初優出を決めた、昭和50年(1975年)9月、前橋の第18回オールスター競輪!

当時、オレは24歳。
9月2日が誕生日のオレはなりたてホヤホヤだ。

戦法は追い込み主体に展開次第で捲り。
Aの2班までは先行、捲りで戦ってたが、1班では厳しいと考え戦法チェンジ。

その後、先行に関しては年寄りに懇願されたらって感じだったかな。

選手登録は昭和46年1月、デビューは2月。

んで、B級2班のデビュー戦から8連勝。

9戦目2着で、その後10連勝(当時の特進条件は10連勝)プラスおまけ1勝の都合11連勝でA級特進だ。(当時、A級は5班制だったが、特進だと4班に格付けしてくれていたような気がする。昔すぎて忘れた)

「オシ行ける!」

と思ったのも束の間。

A級昇格後、一年間は優出すら出来ずでプロの厳しさも早々に味わったよ。
お客からも厳しい声が飛んだもんさ。

「特進選手のくせに!」
「てめえみてえな奴は、永久にに準優突破なんかできねえ!」
「バカ!クズ!南京虫!」

一年間本当にその通りになっちまって…
南京虫には、さすがにならなかったけどよ…

昔も今もそうだけど、すんなり特進決めて、しかものちにタイトル獲得まで行くような選手が特進後にほとんど勝てなくなるケースってのは、そうはねえと思うんだ。
だから、精神的にもかなりきつかったよ…

けど、日々やるべき事をそれ以上に、かつガムシャラにやって挑戦し続けるしかねえもんな。

辛抱しながらの戦いを続け、ようやく勝ち星も増やせるようになっていったんだ。

辛抱と練習!
ただただ、この毎日…

だから今、デビューしたばかりの連中にはこんな風にも言いてえな…

「決して焦るな!」

「慌てるな!」

「黙々と、すべき事をし続けろ…!」

現役の若い衆たち、がんばれよ!

さあ、そんなこんなで4年近くの月日が流れ、オレが当時の最高位A1になったのは前橋オールスターの前年、昭和49年の9月。

結局スピード出世とはいかなかったものの、とにもかくにも俗に言う神の領域ってとこに到達して、いよいよ将軍、横綱、王様って人たちに立ち向かえる日々がやってきたんだ。
もちろん、その頃にはそういう人たちにハナからかなわんとは思わなくなったし、いつか必ず頂点にって思いで先輩たちに立ち向かってってたな。

練習だって、そりゃあ~も~それまで以上さ…!

そもそも知りもしない競輪の世界

話は、ちょっとそれるけど、オレん家は実家が会社経営してて、学校も中学から私学っつう比較的恵まれた環境で育ったんだ。だから、お坊ちゃん呼ばわりされるようなことも多々あって、より何クソって感じで闘志も燃やせたのかもしれん。
ちなみに、小学校までは勉強だってトップだったんだぜグッヘッヘッ!

おい、スガモのコイケ!(競輪選手関係じゃなく、競輪場のただの浅ましく、賤しく、ひもじい客)
ちゃんと聞いてっか?

お前は巣鴨高校•柔道部だけど、オレは明治高校•生物部だかんな!
運動部なんて野蛮なとこには入らず、ボウフラやイトミミズの研究に日々没頭だ…

けどな、自転車も大好きで、日本のあちこちに輪行で旅行なんてこともしてたよ。

高校生当時、競輪なんて世界があるってことは全く知らなかったけど、たまたま同級生の友達に、従兄弟に競輪選手がいるってヤツがいたんだ。
で、3年生になったある日、そいつに誘われて、その従兄弟の家に遊びに行ったことがあったんだ。

選手の従兄弟さん本人は忙しくて話はできなかったんだけど、親父さんが相手してくれて自転車や競輪の話を色々聞かせてくれたんだ。

もちろんその時のオレは選手になりたかったわけでも興味を持ってたわけでもないぜ。

ただ、オレが輪行少年だったってことで興味を持ってくれたのか、のちのオレの師匠となる、倉地治信(6期•OB)さんという方にひき合わせてくれ、練習に誘われたりしているうちになぜか競輪選手の道に進む流れになっていっちまうんだ。

元々は学問系の人間だったから晴天の霹靂だよな。

でも当時、倉地さんに言われた一言

「お前は根性がある!」

この一言で俄然燃えたんだ。

男、桜井!
こうと決めたら、もう一直線!

「オレの道は競輪選手!」

ってなわけで、ひょんなことから明治高校史上初の競輪選手が誕生することになるんだ!

巣鴨と違ってほぼ100パーが東大に進学(ウソ。ほとんどが明大)する学校から!

周囲は猛反対だったよ…

「お前は将来、学者か大臣にでもなる器だろうに、なんで競輪なんて…」

って具合に校長以下、全教師、全校生徒たちからも泣かれてな…

ど~だ、たまげたかハッハッハッ!

オールスターでついにサクライは覚醒する…

…ハイ、ほんで話は戻るけど、特別競輪初出場は、そのA1になった49年の静岡オールスター(優勝•阿部道/23期•OB)。

でもって、年明けて、50年千葉ダービー(優勝•高橋健二/30期•OB)、宮杯(優勝•藤巻清志/27期•OB)、そしてこれから話す前橋オールスターへと続くんだ。

どうだい、皆さん。
ここまでの前振りだけでもワクワクしてくるだろう?

いかにもオレが、少年マンガに出てくるようなすごい男のように感じてきたんじゃねえのか?ドへへへへ

おい浅見(隼/115期・東京)!
お前も、ちゃんと聞いてっか?
ささ身ばっか食ってねえで、ここからの話よく聞いとけよ!

なぜこのオールスターの話をしたいのかっちゅ~と、今、競輪人生を振り返ってみた時、こんなようにも思えたからなんだ。

あの決勝レースを走ってから、本当の意味で「競輪選手、桜井久昭」がスタートした!
ってな…

何があったのかっていうと、特別競輪初めての決勝でオレは、当時の大スター、そしてこのレースでも大本命だった福島正幸(22期•OB)さんに勝負所で追い上げて大競りを演じたんだ。

もちろんあの時、いろいろな計算があった訳でも、した訳でもなく、瞬間的な判断と身体の方が勝手に動いてったってことなんだけど、でもあの一戦でオレなりの選手としての信念みたいなもんが確立し、周囲のオレに対するイメージもあれで固まったような気がするんだ。

前年、A1になったもののスピード出世とはいかなかったオレの評価は、

「そこそこの若手のうちの一人…」
「A1までは来たけど、どれほどのモンかはまだわからん…」
「所詮、特進後にもたついたヤツ…」
「ホラ吹き…」

当時、密かに想いを寄せていた松戸のソノちゃんの評価もおそらく

「大ホラ吹き!」

実はこのオールスターを迎える前、そんなオレでもなぜか好調は好調で、宮杯を終えてからの4ヶ月間は記念競輪を4回走って3V。
普通A1戦を一つ走って完全V。
5場所走っての4Vっつう見事な成績を収めていたんだが、それでもまだ間違いなく本物とまでは見てもらえてなかったんだ。

オレ自身、(たまたま流れにうまく乗っかれた…)みてえな感覚で、絶対的な自信はまだ生まれてなかった気もするしな…

だけど、あの一戦の後は、

「とことん行く男!」
「どんな相手にでも真っ向勝負に出る追い込み屋!」
「根性は一級!」

このオレ自身も、

「オレはやれる!」

そう思った…

で、今改めて思うんだ。

なぜあの時、あの福島さんに、しかも福島さんの地元前橋で競りかけることができたのか…
さらには初優出の身の上で…

それはきっと

「ここぞという時、強気で攻める!」
「物事に直面した時、損得抜きで真正面から立ち向かう!」

そんな勇気を持つことを普段から自身に言い聞かせていたからだと…

そしてそれがあの日、自分の中での信念として絶対的なものになった。

で、その勇気を持つ心ってのは、特進後の一年間、あの全く勝てなかった日々にそれでも腐らず、ただただ練習し続けたことと、ソノちゃんへの熱いハートから生み出されたものだったって気がするな…

そして偉大な選手として栄光の人生が…

さて、ついでにオールスター後の話も少し。

しかし、人生ってのは面白いよな。
自信をつけた、そのオールスターの直後はまた勝てなくなっちゃうんだもん。
物事ってのは本当都合よく動かねえ。

けど、このオレにはもう怖いもんなんぞありゃしねえからな。

その次のタイトル戦となる5度目の特別競輪、11月の競輪祭!

特別競輪2度目の優出を果たすとともに見事初V!

このオレが、なんとタイトルだ!!

第17代競輪王!

男、桜井!
勇気がついに花開いた瞬間だドハハハハ~~~~!!!!

弱冠24歳と2ヶ月チョイ!

税務署からも祝電がわんさか!
さすがのオレもこの時ばかりは、もう一つの覚悟を決めざるを得んかった…

(こいつらともオレはとことん戦う!)

番手競り同様、数学も大好物だったこのオレだからな…

さあそして、絶対的な勇気を持って松戸のソノちゃんに愛の告白!

そしたらソノちゃん…
うっひっひっ…

「ヒサテルさん、も~どうにでもして♥♡♥…」

だとさ!
グハハハハ~~~~♥♡♥♡♥♡♥

も~、男冥利に尽きるってもんよ!

なっ浅見!
そうやってオレは、名実ともに「東京の桜井久昭」になっていったんだ…

(もちろん、その後は、前回このブログに登場した94期の岡(光良・埼玉)同様、信念持って特別競輪の優勝だけは拒否し続けたけどよ…)

オレの現役生活は38年!

晩年、脚はどんどん落ちても、選手として持つべきと決めたあの勇気だけは常に持って走り続けたと思う。
ソノちゃんへの愛情だってもちろんだ…

ど~だ樋口の次男(瑛土/109期・東京)と三男(開土/113期•東京)!
大矢(崇弘/107期•東京)!
内藤(高裕/96期•東京)!

それからハゲのタナカ!

い~話だろう!

ちゃんと聞いてっか?

競輪も、女の子口説くのも同じなんだぞ!

強気と損得抜きで真正面から立ち向かう!

ソノちゃん口説いたのはオレの方からだったが、そのあとは、も~…
惚れまくられちゃったかんな~グヘヘへ…

そうそう、野村(昌弘/84期•埼玉/西武園クラブ会長)やその他はもう聞かなくてもいいからな。
お前らは嫁さんいるんだし…

さて、話がちょっと長くなっちゃったから、ここらでひとまず休憩といくか…

「うお~い!
40年以上も愛するソノちゃ~ん!
いつも同様、オレがお茶入れるから一緒に飲も~!
そんなそっけない態度取らなくてもいいじゃんよー(汗汗汗)」

あのさ~大センセェ…
オールスターの話って、ただスターの人に競りかけましたってぐらいで、レース内容の具体的な話がほとんどないじゃん。

もっと、ちゃんとくわしく話してよ!

むだ話ばっかりつけくわえて、も~じれったいたらありゃしない!

こういう男の人って、女からはだいたいきらわれるんだよね…

モテない男のテンケ~。・°°・(>_<)・°°・。

しょうがないから続きはも~、次回。

次はちゃんとやってよ!

ったくも~…

【というわけで後編は明日6月2日に更新予定でございます…】

番外編9『団結の時代を偲んで…』

ヤッホー!
あたりで~す♡♥♡♥

お仕事いがいのみなさん、ちゃんとおうちにいますか~?

あたしもちゃんとひきこもってますよ~(● ˃̶͈̀˂̶͈́)⁾⁾

こういう時こそ、みんなで協力しあわないとですもんね( ^∀^)

というわけで、またまた番外編のお届けです♪()♪

今回は、今のこういう状況にちなんで?、そのむかし協力や団結の大切さを日本中に説いてまわったという「フラワーライン」のお話です☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

では、ど~ぞ…

なんとまあ、すさまじいこと(汗汗汗)d( ̄  ̄)

…というより、センセェって大昔からちっとも変わってないんですねΣ(-_-)

それよりさあ…
なんなんです、この「フラワーライン」って>* ))))><

いくら協力や団結が必要ったってさあ…Σ(-᷅_-᷄๑)

そりゃまあ、あたしも父から話はよく聞かされていたので名前くらいは知ってましたよ。
とくにタイトル戦で、ここぞとばかり徒党をくんで暴れまわってた集団だって…

父いわく

「日本人にとって団結がいかに大事かっつうのは、その昔「フラワーライン」ってのが我々に散々教えてくれたんだ。
団結が嫌いな性分の客や中野(浩一/35期・OB)が、当時どれだけ泣かされたことか…」

だそうなんですけど…

それにしてもさあ…。・°°・(>_<)・°°・。

う~ん………………

あたりのバカが、親父からどういう風に聞かされてきたのかは知らんが、何となく誤解があるような気もすんだよな…
客にとってのフラワーラインって…

当時もフラワーは、ずる賢い互助集団だなんて散々悪口食らってはいたんだけどよ…
山口国男(24期・OB)さんなんて、証人喚問に呼ばれるんじゃねえか?って噂されてたくらいでさ…

そりゃまあ確かに、滝沢(正光/43期・OB)や清嶋(彰一/40期・OB)さんが臨機応変にガンガン駆けてくれたり、その逆だったり…
並びだって臨機応変…
とにかくラインから勝利者出すためには何でもありで、徹底的に団結してたからな。

例えば清嶋さんが初タイトル決めた昭和六十年の立川ダービー決勝なんて、このオレですら今でも吹き出しちゃうくれえ凄まじかったもん。

誘導員まで一致団結しちまったんだから…

あの競走は、初タイトルを狙う清嶋さんに、山口(健治/38期・OB)さん、尾崎(雅彦/39期・OB)さん、滝沢とフラワー4人が乗っかって、誘導員は古林(昭二/46期・OB)。

で、この古林がレース本番で、実質4人目の東京選手として大仕事をしちまうんだよな…

競走内容はっつうと、滝沢がS取ってフラワーが前段、その後別線に押さえられていったん後退。
勝負所に入ったところで、滝沢がイン切りみてえな形で前を押さえ返し、それに合わせて清嶋さん-山口さん-尾崎さんで再び上昇。

赤板あたりで清嶋さんが誘導…
というか機関車役の古林のケツに再度収まるんだ。

さあ、こっからが大爆笑もの。

誘導の古林、それまではキッチリ押さえ先行で、特に別線?(古林は誘導だから、この言い方はちょっと変かもしれねえが、とにかくフラワー以外の連中)がケツについてる時は本当にも~、後ろからフラワーが上がって来やすいように丁寧にペース作ってたのよ(笑)。

なのにさ、清嶋さんがケツに収まったと見るや、追走しやすいよう、さらには後方からの仕掛けにも最大級に警戒しつつ、これ以上はないってくらい丁寧(大笑)にペースを作りながら徐々にスピードを上げて、打鐘からは一気にブン吹かしの最終二角まで大逃げ。

も~目一杯の!

誘導員のメイチの先行なんて、今の時代…
っつうより今後二度とお目にはかかれんと思うけどさグッヘッヘッ…

ほんで、もちろんその後は、古林の番手から出た清嶋さんが、そのままキッチリ、ダービーツモ!
公式の決まり手は「逃げ」だけど、あんなもん誰がどう見たって二段駆けの番手捲りだよな。

前代未聞だろ?
誘導使った二段駆けなんて…

もちろん参加選手と誘導選手が開催中に接触なんて出来ないし、同じ東京同士、阿吽の呼吸でって事なんだけどさ。
でも、まっ、あれには本当笑わせてもらったよ。

そうそう、ただその後、古林は、即刻取調室連行されて尋問と拷問受けたって話だけど、間違いなくあの立川ダービーの影の主役だったよなグッヘッヘッ…
重ねて言うけど、仮にもダービーの決勝で最終ホームを取ったんだから勲章モンだったとは思うぜゲッヒッヒッ…

おっと、いかんいかん。
話がちょっと脱線しちゃったんで元に戻すけど、こんなような競走があれば、そりゃそういう集団だって思われちまうのも仕方ねえ部分はあるかもしれねえよ。

ついでに話すと、あの時のダービー終了後、雀荘で一緒になった競輪好きの客が、こんな風にも話してたしな…

「山口を引っ張ってダービー優勝に貢献した尾崎が一昨年、滝沢使って宮杯優勝。
続くオールスターで、フラワーの仲間入りした菅田(順和/36期・OB)がV…
そんで、去年の千葉ダービーは、滝沢が清嶋に引っ張ってもらって初タイトル。
で、その後、吉井(秀仁/38期・OB)がオールスターV。

となりゃあ今回の立川は、どう考えたって清嶋だよな。
順番から言ってもそうだけど、何よりまだ無冠だったし、フラワー軍団一丸となって絶対勝たせに行くだろうって即思ったよ。

もっともオレだけでなく競輪の客はほとんどみんな同じように思ったろうな。
中野は欠場でいねえし、あとは井上(茂徳/41期・OB)あたりの邪魔さえ入らなきゃ清嶋の優勝で間違いなしって…

でよ、本番じゃ、清嶋はもちろん、山口、尾崎、滝沢と四人が優出決めて、邪魔になりそうな連中は勝ち上がりで全滅。
こうなっちゃうと、もう走る前から頭は完全に確定。
あとはヒモが誰かってだけ。

清嶋の後ろは、山口か尾崎のどっちかで、回った方の2着で決まり。
それこそ展開予想もクソもねえ。

結局、二人はコメントで並びをハッキリ言わなかったんで車券の人気は、清嶋-山口、清嶋-尾崎で五分。
競輪じゃなくて丁半博打みてえなもんだったよ…

で、その丁半博打をやりに客がわんさか押し寄せてな。
オレも含めてさ。
例え安くても当たりの車券が最初からわかってんだから、そりゃみんな行っちゃうよ…

ただ、3番手回ってた尾崎が最後、山口食っちゃったのにはズッコケさせられたけどさハッハッハッ…」

…って具合にここまで言われちまってたんだ。

おそらく、あたりの親父も似たように思ってたんじゃねえのか…

けどな、それでもやっぱオレはフラワーが互助集団だったってのにはノーと答えてえんだ。

もし本当に互助集団だったって言うなら、じゃあなんでオレがタイトル取れなかったんだってことよ。

言っとくけどオレは、特別競輪優出9回も果たした身の上だぜ。

本当にみんなで仲良くタイトルたらい回しで行きましょう、ってことなら清嶋さんの次はオレだろうよ。

仲間どうこうったって最終的にはやっぱり脚なんだ。
脚のあるヤツが勝ち進んで、脚があるからこそチャンスもつかめるし結果も出せるんだ。

脚がなけりゃ、例え古林が誘導の名を借りた機関車役努めて大逃げ打ってくれても、タイトル戦決勝で頭なんて取れるわけねえし、滝沢や清嶋さんの後ろ回ったって百年経っても差せるわきゃあねえんだよ。

もっと言えば、例え番手をもらえたって脚がなきゃ前を差せねえどころか逆にケツから食われちまうってえの。

脚があるからこそ番手が回ってくるんであって、なきゃ永久に順番なんて回って来ねえのさ。

悔しいけどやっぱり脚は山口さん、尾崎さんの方がオレより上だったよ。
例えほんの僅かであったとしても、それでもう順番は回ってこねえ。

フラワーだって番手はやっぱり勝ち取るものでしかねえんだ。

ゆえに安易に互助会的集団に思われても困るってのがオレの正直な気持ちかな。

そんな訳だから上の漫画のセリフは大いに気に入らねえし、ぜひこういう風に直してもらいてえと思うのよ…

な、な、なんなの!
セリフ入れ直した、このマンガ>* ))))><
大ウソつき!!!!
センセェの話も「ふ~ん、なるほど…」
って、チョッピリまじめに聞いてたのに、これ読んだ瞬間、も~なにもかも信用できなくなりました。

ハッハッハッ
本当は、客の思ってる通り単なる互助集団で、オレはたまたまついてなかったってだけの話なんだけどな…

 

ハゲてるタナカの
とってもつまらないざれごと

いや~懐かしいなあ~フラワーライン!
オレが競輪通い始めたのは九州対フラワーの時代。
もう35年以上も前になるなんて信じられない気分だね。

競輪教えてくれた友達が当時こう言って誘ってくれたのよ。

「競輪ってなぁよ、基本談合で決まるんだ!
選手同士が仲間内で相談して順番においしい思いをしようとすんのよ。
だから、可能な限り選手の裏情報仕入れて、誰と誰が仲良くて、誰勝たせようとしてんのかってのがわかりゃ、手っ取り早く金稼げるぜ…」

みてえな事言われてフラワーラインの競走のビデオ見せられたの…

なんとまあ説得力のあったこと。

オレ本気にしたもん!

それでもそいつ曰く、

「でもな、九州はちと違うんだ。
特にあの中野、井上!
あいつら二人は直線入ったらもう親も子もねえってくらいの意地汚さだからよ…」

まっ、完全に間違ってるとまでは言えないけど正しくはないよね(笑)

それに、そんな簡単なもんじゃねえってのは、毎日競輪通ってらいやでも気づくんだけどさ…

いや~当時は本当冗談抜きに毎日行ったもんな~。

立川、京王閣、西武園、大宮…

この4場だけで、年間通してほぼ毎日どっかしらで開催してたもん。
しかも、オレ自身ちょうど無職の頃だったし。

でもなんで、そんなにはまれたかって言ったら、友達の言い草はさておき、やっぱ九州対フラワーの戦いってのは面白かったのよ。

両陣営だけでなく、勢力的にやや劣る中四国や中近の選手たちが間隙つこうとする形でのタイトルの取り合いに、も~しびれちゃってさ…

それに当時は格闘技競輪でしょ。

あの凄まじい競り合いには、本当に興奮したわ。

今と違って、番手は戦って一枚一枚上げていくものってとこにもロマンを感じたかな…

とにかく幸運でした。
無職の時に競輪教えてもらえて、その時、中野さん、井上さんがいて、そしてあのフラワーラインがあって…
気づいたらそれがいつしか飯のタネになって…

もし、それが無かったらオレは今頃どんな人生送ってたのかな…

オッシ!
今度もし生まれ変われたら、競輪するのだけは絶対やめとこ!

【今回は、いつも以上に話を盛り、ウソ八百を思い切り散りばめた記事内容であることをご了解くださいませ。特に古林昭二さんという方は架空の人物でございます】

番外編8『OH GOT!大ごと!☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』

け~りんふきょ~会女子、八多あたりです♪☆★♬☆★♪
「♪も~い~くつ ね~る~と~ せ~ぶ~え~ん~♬♪♬~」
ってぐあいに、いつもだったら今はウキウキきぶんのはずなのに…

あ~ん、も~~~~!!!!
あたしホントにこまっちゃう(● ˃̶͈̀˂̶͈́)⁾⁾

各け~りんじょ~の無かんきゃくかいさいは、まだまだ続くんですって((((;゚Д゚)))))))

ふだんのせ〜かつだってさ、ダーリン♥(新井剛央/86期・埼玉)に密着♡もできないし、ともだちと会うのもひかえて、仕事以外ではほとんどおうちで引きこもり…

ウイルスのせ~でしかたないんだけど、いったい、こんな状態がいつまでつづくの…

ことしの西武園記念って70周年ってことで、あたしたちホントにハリキッテたんですよ(*≧∀≦*)

それが、それが、それが…
グッスン(◞‸◟)

今年はグッズをあきらめて、こんなデザインのクオカードをネット投票とかのみなさまにプレゼントできればなんて考えてるんですけど、これさえもどうなっちゃうことやら…

今はとにかくしんぼ~のときΣ(-_-)

一日も早い終息をねがって、みなさまといっしょにあたしも【不要不急の外出】や【3密を避ける】をまもってすごしていこうと思います(*^ω^*)

大宮け~りん♥♡西武園け~りん♡♥
もうしばらくお待ちくださいね*・゜゚・*:.。..。.:*・’(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*

番外編7『関東昭和軍』

毎度ど~も!
あたりです♡♥

唐突ですが、今回また番外編をお届けしま~す♫~♡♥

先日、ハゲのタナカセンセェと事務所で打ち合わせがあったんです。

覚悟はしてたけど、例によってつまらないお話を超長時間にわたってえんえん聞かされました(◞‸◟)

もし、こいつがウイルス感染者だったらかんぺきにやばいと思いながら…

も~、ホンットにつまらないお話だったんだけど、ハゲがぜひみなさまにもお聞かせしたいって言うの!(◎_◎;)

というわけで、ハイど~ぞ~…

【タナカの供述録】

え~っとさ、数日前センバツ高校野球が中止っつう当事者のみなさんにはとても気の毒な事態が起こっちまったじゃん。

その話とは直接関係ないんだけど、実はオレ、「ギャンブルレーサー」の連載終了した後 、高校野球をネタにした漫画を描いてたことがあんのよ。
商売的にはコケちゃったから知らない人も多いかもしれないけどさ。

それで、ふとその頃のこと思い出しちまったんだけど、今にして思うと実にいい加減な流れで新作立ち上がってたんだよね。
と同時に、ちょっと大げさだけど、人生ってどう転がっていくかわかんねえもんだなあ…とも感じたの。

内容的には本当にバカバカしい話で、今の時期的にはちょっと不謹慎かもしれないけどみなさまの暇つぶしにでもなればと思ってさ…

え~っと、「ギャンブルレーサー」終了したのが2006年なので、今から14年くらい前のことかな。

なんの用事だったか覚えてないけど、ある日ふらっと西武園に顔だしたの。
そしたら、偶然入り口のところに仕事中の、西武園クラブOB、築地(孝修/29期)さんがいて、ちょっと世間話かなんかしてたのよ。
築地さんってのは何回か前、このブログにも名前が登場した面白おかしいおじさんね。
早とちりで、せっかちで、お人好しで世話好きな人でもあるかな。

んで、そのうちこんな話になったんだ…

「マコっちゃん、連載終わって次どんなの描くんだ?」

まだ何も考えてない時だったので、
「いや~まだ全然…編集者には、野球とか相撲とかバレーとか、何か他のスポーツ漫画はどうだ…って言われてんすけど自分としては…」

…って、こっちがしゃべり始めたら、築地さんいきなり懐から携帯取り出してどこかに電話かけ始めたの。

オレはもちろん「?」

そしたら、いきなりこんなこと言い出してんのよ…

「オイ、これからタナカが野球漫画描くって言うから、お前今すぐ来い!」

(ちょ、ちょっと待ってくれ!オレがいつ、そんなこと言った~⁉︎

人の話を最後まで聞かずに勝手に誰かを呼び出しちゃってさ…

ほんでやってきたのが、同じく西武園クラブOBで47期の西村廣政さん。

この方、名門、日大三高野球部出身とのこと。

おそらく「野球のことなら、こいつに聞け」ってことだったんだろうけど、オレはまだ、何をを描くのかなんて考えてもいなかったし、そもそも一言も言ってねえんだからさ…

ほんでも、西村さんだってせっかく来てくれたんだからと思って適当に話合わせておしゃべりしてたの…

そしたら今度はその西村さんが突然…

「ウッシ!今度、三高行くぞ!」

って言いだして、今度はオレが日大三高連れて行かれることになっちゃって。

言っとくけどオレは一言もそんなこと頼んでないんだからね…

(困っちゃったなあ~、も~。どういう展開だよ、これ…)

で、日を改めて日大三高野球部合宿所に…

(ホントにこれが高校の野球部施設か~⁉︎

と、素直にビックリしちまったんだけど、それは置いといて、そこで、またさらにビックリすることが起こっちまってさ…

当時の理事さんだとか監督さんを紹介されたんだけど、なんと西村さんが、またとんでもないこと言い放ったのよ…

「こいつが今度日大三高野球部の漫画を描くから!」

…あのさあ…
なんども繰り返すけど、いつオレがそんなこと言ったよ…(涙)

でね、それからまた、当時の野球部OB会会長さんで、その後、三高の理事もお務めになる定蛇正則さんって方を紹介されたの。

(じょうじゃ)という珍しい名字で、元巨人の江川卓さん、輪界では35期OB中野浩一さんと同学年。
野球のライン的に言うと、故・根本陸夫(プロ野球指導者等)さん―故・小枝守(学生野球指導者等)さん―定蛇さん…みたいな流れの方。
入部時、先輩に、名前の読み方がわからねえという実に正当な理由で真っ先に殴られた(もちろんウソ?ですよ)というこれまた珍しいエピソードをお持ちの方でもあんのね。

ちなみにオレ、この定蛇さんにはこの後、特にプライベートの部分で大変お世話になるようになって、今なお、お世話になっちゃているんだから人生本当にわからないんだけど、それもまた置いといて、でさ、その時色々お話伺ってたら、また始まったの…

「オッシ、センセェ!おれん家に来い!」

(はいはい、わかりました!も~地獄でもどこでも、地の果てまでも…)

それにしてもスポーツ系の人たちっていうのは、ど~してこう行動が極端に素早いんだろう…

やはり、若かりし頃の先輩後輩関係、
「うお~い、集合~!」といった、あの特殊な世界での習慣からなのかね???

でまあ、ここからちょっと話は横にそれるけど、定蛇さんには、いろんなことを教えていただいたのよ。

野球に関する技術的な話や、アマ球界の歴史、現状…
選手や関係者の面白話から、スキャンダラス的なものまで。

甲子園に行ってさらに勝ち抜くためには、日大三高以外の全国の学校は、こんな悪いことばっかしてんだぜ…(ウソ)
みたいなこともいっぱい。

あくまでも日大三高以外の学校のことだからね。(もちろんウソ…じゃなくてこれはホントか汗汗汗)

こう言っちゃなんだけど、よくまあそこまでワル知恵働かせられるもんだって本当に関心しちまってさ…(これもウソ)
日大三高以外の学校は…(だから、これはホントね汗汗汗)

【※注 このあたりは冗談ですので真に受けないようお願い申し上げます】

実は、本当に凄まじいと思ったのは、個々の学校や選手云々じゃなくて、あの世界というか環境の方。
高校野球に関わる団体や組織、一部の指導者や学校関係者…
各メデイアや、父兄、もちろんオレみたいな物書きの輩も含めて…

そうそう、あと、本当にこんなもの部外者に見せちゃっていいの?
って感じの資料とかを見せてもらえたりもしてね。

高校野球を批判したい人にとっては最高に楽しいものだったかも。

オレ、元々は高校野球って結構好きな方だったんだけど、いろいろ話を伺っているうちに、それこそどんどん高校野球を嫌いになれていったもんね…
野球に比べりゃ競輪の方がよっぽど健全だと思えたぐらいでさ…

でもさ、なんでよからぬ事などをいろいろオレに教えてくれたのかっつうと、それをきっと否定しているからなんだよね。

定蛇さん、こんなセリフを口にすることが度々あったもん。

「甲子園大会なんかないほうがいい」

日大三高野球部重鎮の方の発言だからとても重く感じちゃったね…
(※もちろん今現在の状況の中での発言じゃないよ)

それから、こんなセリフも…

「高校野球を特別扱いするな」「大々的なテレビ中継もいらない」

さんざん悪いことを教えてくれた人ではあるんだけど、横から選手たちとの接し方や関わり方を眺めていると、野球の結果よりも人間教育の方に重きを置いているように確かに感じられたしさ…

エピソードはあえて書かないけど、定蛇さん家に卒業した子たちが結構来てたもんね。

プロに行くような子たちより、思いを遂げられなかった子たちの方をより大切にしていた感じだったし…

さて、それでも、野球ってのは、ものすごく複雑で想像以上に奥の深い世界だってことは改めて知ることができたかな。

こっちの方でも、競輪の方がよっぽど簡単かもって思えたくらい…

例えば、定蛇さんの解説付きで試合を見学している時なんて、最初の頃は、この人の頭の中どうなってるんだろうって思ったもんね…

だって試合中にさ…

「おいセンセェ、ピッチャーは初球ここに投げて、二球目はここな…バッターはこういう狙いでいるからその次の3球目を打って、打球はどこそこに行くな…出塁できたら次のバッターはこれこれこうだから、ピッチャーの初球はこうなって…」

「次のイニングで、向こうの狙いはこれこれ…こっちは、こう考えてるから、こういう風なパターンになって、そうなると今度はこうなるから、○点入る…そうなりゃこういう流れになって、○回はこうなって、最終的にこうなる…うん、今日はこっちの負けだ!」

これから始まる出来事を、こんな感じで話すのよ。

競輪の予想じゃあるまいし…と思いながらグラウンドの方に目をやると、な、なんと、ほぼそんな展開になっちゃたりしてさ…

本当にびっくりしたけど、同時に

(なるほど高校野球とはいえ、トップクラスの学校同士の対戦ってのは一球一球すべてが理詰めで行われているんだ。
その場その場の思いつきで投げて打つってレベルだと予測なんかできるわけないんだろうけど、すべてのプレイが理論、計算に基づいて行われているから、ゆえに、ああいう風に予測をしながらゲームを見ることができるのかも…)

って気づいたの。

(こりゃあ、ものすごい世界じゃん!)

そんなわけで高校野球が次回作のテーマとして面白いかもって思えてきてね。

まっ、そんな感じの流れになったんで、こりゃもう野球漫画を描くしかないなってことで始めたのが「実録!関東昭和軍」という作品。

(もちろん日大三高野球部の漫画でもなければ現実の高校野球とはなんの関係もない漫画ですよ)

ついでだから話しちゃうけど、連載が始まったあと読者からのハガキで結構多くて印象的だったのが、

「この漫画は高校野球のダーテイーな部分を、ことさら大げさに描いている!」

「一の事実を十くらいに盛って、悪意を持って描いている!」

それからお決まりの

「訴えるぞ!」

「も~時効」ってわけでもないんだけど、それ、オレからすると逆でさ。

(十の事実を一くらいに落とさないと、とてもじゃないけど描けやしねえ)

それが、当時のオレの心境。

もちろんギャグ漫画だから、ギャグの部分はあり得ないことも連発したけどね。

まっ、そんな感じの、築地さんの早とちり電話から始まった、実にいい加減な流れで新作が誕生したって話なんだけどさ。

ただ、最初にも触れたように、作品自体は不発に終わったけど、これをきっかけに日大三高野球部OB会会長さんだった定蛇さんに、その後ず~と何かとお世話になる間柄になれちゃったからね。

これもエピソードは省略するけど、特に精神的な部分で本当に支えていただいたかな。

以前、競輪選手OB、桜井久昭(28期)さんとのエピソードで、選手でもなんでもないオレを選手仲間のように接してくれて感激したって話をしたけど、定蛇さんも同じなの。

野球選手でもなければ三高の後輩ってわけでもないオレのことを本当に気にかけてしょっちゅう声をかけてくださってさ。

悩みを抱えるたびにいろいろなアドバイスをいただけてどれだけ救われたか…

人生って本当に何が起こるかわからないし、どういう出会いが待っているのかわからないって本当に感じたね。

だから、ひょっとしたら、辛いことや悲しいことが続いている時でも、しばらくはその時の流れにそのまま身を任せてみるってのも有りなのかもって思ったりもしてさ…

オレにとっては競輪界での恩人が桜井さん。

野球界?
…っていうより悪いことをたくさん教えてくれた恩人?が定蛇さん。

だから、早とちりしてくれた築地さんには本当感謝してるの。

あっ、そうそう、最後にあと一つ!

今回のウイルス騒動では、センバツ大会の開催是非で大騒ぎになってたけど、オレが「ふ~ん」と思ったのは「高校野球は特別なもの。スポーツという枠を越えた社会的行事。野球や部活というジャンルを越えるような大きく特別なイベント…」ってなことが書かれている論評を見つけたとき。

定蛇さんなら、どんな風な感想持つか、オレにはなんとなく想像つくな…

それにしても、タナカのハゲって、ろくでもないマンガしか描いてこなかったのね!(◎_◎;)
何を描いても女性読者はほぼゼロだったって話、めっちゃわかりますΣ(-_-)